第6話 クリスマスイブ
***
次の日、俺は二階の自宅で朝食を取っていた。
このリビングには特に何もなく、一色で表すなら「白」だ。部屋に何か飾っているわけでもなく、基本的にはテーブル、椅子、本棚、ソファーなどしか設置していない。だからこの部屋においては白い壁や天井がやけに目立つ。
もう花火の正体について考えるのはやめた。考えて分かることではないと判断したからだ。とにかく今は、今日調査に取り掛かる依頼の解決に専念するべきだろう。そして明日から万全の状態で花火の依頼に取り掛かるのだ。花火の依頼を解決すれば、彼女の正体について何か分かるかもしれない。
俺は朝食を食べ終えると、茶碗などをキッチンに持っていく。そういえば高校時代はよく早食いとかしてたなー。今はもう、何というか、気が進まない。カラダさん可哀想……。
食事は最近は簡単な野菜炒めやカレーやらを自炊する時以外はコンビニのものが多い。誰か俺専属のシェフが欲しいわ。そして毎日栄養バランスを考えた料理を作って欲しい。たまにはケーキとかも食べたいな。もう脳内が「クリスマスケーキって何だっけ?」ってレベルの俺はそんなことを考えるのである。
ああ、「クリスマス」かぁ……。
――九年前
「憩野、もう十二月二十三日になっちゃったわよ」
「そうだな。何で俺たち、イブの予定無いのかなぁ……」
高校二年もあと残すところ三ヶ月。部活帰り、俺は同じ物理部の友人の
車もぶんぶん通っていて、人もたくさん通っていて、電車もたくさん通っていて……カップル共もたくさん通っている。
だから……
「あー! 愚痴ぐらい言いたくなるよなぁ!」
「ホント! ウチ、こんなに美人なのにどうして彼氏出来ないのかしらね?」
「ってか瀬渡、自分で自分のこと美人って言っちゃえるところ凄いな」
「それがウチのいいところなのよ!」
でもその「いいところ」を上手く活用できてないからモテないんじゃないのか、とも思ったが口にはしないでおいた。いや確かに渡は自分でおっしゃっる通り、緑がかった黒髪ロングの美人なんだけど性格がなぁ……
もう溢れ出てるんだよ。「いいオンナ」感……では無く「強いオンナ」感が。美人は美人でも可愛い系ではなくて、ちょっとツリ目の姉御系美人なんだよなぁ〜。性格とベストマッチ!!
もし彼氏できたら絶対そいつヒモになるか尻に敷かれそう……
「――じゃあウチとイブ過ごすか?」
いきなり耳元で囁いてきたよこの人。そりゃ確かに全国の男子高校生憧れの「男女でイブ」を経験できるかもしれんけどさぁ……
そして、俺は瞬時に今までのコイツと過ごした日々を思い出す。
……うん!
「絶対嫌」
「なんでよ〜? 恵まれない者同士でリア充共を憎む時間にするのもいんじゃないか?」
「なんだそれ……。て言うか、お前との思い出って『ジュース買って来て〜』って命令されたり、せっかく作ったペットボトルロケットを転んだ拍子に押し潰されたり、悪いことしか思い出せねぇんだよ!!」
「ちぇっ! つまんない、の……」
彼女は何故か、遠くを見つめながら自嘲気味に言った。何をセンチメンタルになっているのかは知りませんが、同情はしませんよ。俺の身のために。
「あっそうだ。これ部室に返し忘れちゃったから明日代わりに返しといてっ!」
「はい?」
突然、何かを差し出された。
「ライター……?」
「うん! 今日の実験で使ったやつ。頼んだわよ〜」
「おい……」
ほら見ろ。コイツはこういうことを平気で言うやつなのだ。しかも断るとグチグチ言ってくるので、仕方なく応諾するしか無いんだよ全く。
「……はいよ」
「サンキュー!」
俺は渋々ライターを受け取り、学ランのポッケに入れる。
気がつくと、もう駅の前まで来ていた。ここに来ると、俺はすぐにデパートの入口付近や電車の改札近く、階段やエスカレーターの横などに目がいく。いや、もう全方向と言っていいかもしれない。理由は簡単、心底こう思うからである。
俺も待ち合わせとかしてみてぇな……
そして当然、隣にいる奴も全く同じことを考えているわけで……
「ウチも待ち合わせとかしてみてぇな……」
隣の奴は声に出して言いやがった。
そして駅の中に入ると、何かのコマーシャルが聞こえてきた。俳優が明るくキャッチコピーを読み上げている。
すると瀬渡は俺の方を向いて、明るい宣伝を暗黒に染めるような声で「じゃあまた明日……」と一言。
彼女はなぜか目を潤ませている。
「おお、また明日」
瀬渡は地下鉄で来ているので、ノロノロと階段の方に歩いて行った。
そんなにテンション下がるならリア充共なんて見なきゃいいのに……って、完全にブーメランだな。
実は俺も相当テンション、下がってます…
あー、彼女と帰れたらなぁ……
俺は少し離れたベッドタウンから来ているので、毎日ただでさえ帰るのが億劫なのだ。だがこんなことを考えていても仕方ないので、俺は今日も渋々定期を取り出す。
彼女と帰れたら登下校も楽しく感じるんだろうなぁ……
シンクの洗い桶に食器を放り込み、リビングへ戻る。
やっぱり九年前のあの日のことは忘れられないな……。なんてったってあの後、俺は身体がこんな体質になるきっかけとなった火事に遭ったのだから。
何も知らずに、いつも通り電車に乗って実家の最寄駅へと向かった当時の俺に教えてやりたいくらいである。
ちなみに瀬渡は俺がちゃんとライターを部室に返しに行ったかを知らない。
なぜなら瀬渡友香は翌日、学校を中退したのだ。理由は不明。今どうしているのだろうか……
そんなことを思いながら、俺は仕事の準備に取り掛かる。
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