第5話

第4戦

「ねぇ、慎也。私、あの子の力使っていい。」

梨花は連絡アプリで慎也からの許可を仰ぐ。慎也からは数分後に<使っていいよ、ただバレないようにね。>というメッセージが来てることを梨花は確認して、彼女、或いは彼の力を使わせてもらうこととした。

梨花と、和人が神社に着いた頃には、そこには人がいなくなっていた。梨花は冷静にGPSアプリを起動し、人の居場所を確認する。座標としては、自分たちがいるこの、神社を示しているのだが、相手のことは視認できない。

(考えられるのは、頭上か、もしくは人よけの結界か)

呪術における人よけの結界とは、人を入れたくない空間を、新たに作りそれを隔離させ、何も無い空間を作り上げるという秘匿を重要視する呪術師にとっては一番最初に教わる呪術である。

しかしどうやら、呪術師による呪術ではなく、単純に頭上で戦闘を繰り広げているようだ。上から、巻と慎也が落ちてくる。慎也は口を開く。

「巻は俺と梨花が相手するから、和人は上へ。」

慎也はニコリと笑って、こちらを振り返ってくる。和人は言われるがまま頭上での戦闘に参加する。

「いっつも思うんだけど、このメンバーってゴリラかなんかなの?なんで全員、木の上での戦闘を可能としてるの?」

梨花が不満げに2人に問うがどうやらどちらもその問いに答える気は無いようである。そのまま戦闘を続けている。慎也は巻の攻撃を捌き、巻はその捌いた攻撃の先を読み、攻撃を繰り出す。そんな壮絶とした戦いが繰り広げられている。

(化け物集団が。)

梨花は辛辣な言葉を心の中で放つ。類は友を呼ぶとはこのことかと、梨花は思う。

(あなたの人生と我が生涯は永久的な相互関係にある、盟約を持って命じます。あなたの力の一部を私にお貸しください。どうかあなたと契約を結んだ人間である私の願いをお聞きください。)

梨花は詠唱とも呼べる言葉の羅列をここの中で呟く。それに共鳴するように彼女のはめている指輪が光り出す。これは、彼女と契約した怪異が力を貸すように許可をしたということだ。その指輪からの光は、辺りを包んでいく。それを察していたのか、慎也は光から逃れられるように、自分だけ呪術を行使し、逃れていた。

目の前が無数の虫のような、小さな何かに覆われ、自身が立てない程に平行感覚を失い、全身からは力という力全てが失われ、そうして小さな糸でも切るかのように容易く意思が途切れた。

数分、いや数秒もしない内に梨花は目を覚ます。

「何度、飛んでもこの感覚に離れないな。」

それもそのはず、彼女がちゃんとした人間であれば、精神が狂い、発狂し、暴れ回り、最後には死ぬという末路を辿るような事を彼女は平然としてのけたのである。

彼女と巻が飛んできたのは、社がひとつあり、その前には1つの鳥居が、さらに2匹の狛犬が設置されたオーソドックスな神社の境内である。しかし、普通と呼ぶにはどこか、神秘的すぎ、どこもかしこも傷んでいて、老朽化が進んでいる古めかしい神社である。さらに後ろを見れば全てが霧に包まれており、神社に上がってくる階段のようなものも見当たらない。そんな世界に巻と梨花は2人きりである。梨花は目を覚ましているが、巻の方は横になり眠っている。

「梨花よ、吾と遊びに来たのか?」

どこからともなく声が聞こえてくる。梨花はそれに混乱することなく首を横に振る。

「ごめんね、今日は違うの。」

「と、そこにいるのは我らと同じ、半人半異ではなかろうか。」

この声の言う半人半異とは巻のことであろう。そうして少し黙って、声の主は何かを察したのか喋らなくなった。声の主と契約をした梨花は、彼が、彼女がどこかへ行ったということがわかった。

巻が目を覚まし始めている。

「おはよう巻」

「おはよう。じゃあ早速だけど勝負しよっか。」

梨花がいいよという前に、巻は地面を踏み締めて、走り出している。そこから鋭い蹴りが放たれる。梨花はそれを右腕で受け止め、巻が出した勢いを全て流す。

「ヒューやるね。りかっち。」

「痛った。あんた殺す気?」

そんな軽口を叩きながらも、梨花は巻からの攻撃を全て受け流していた。

「そういや。りかっちさ、怪異の本領使うのズルくない?」

「半人半異同士だからいいかなって。」

「いや、神隠しなんて、半人半異の範囲?怪異ってよりかは神みたいなもんじゃん。」

梨花の怪異は神隠しである。古来より、日本で起こったとされている怪異。人や動物が忽然といなくなり、それはさながら神が隠したとされていた怪異である。しかし怪異となっているため、本物の神が干渉している訳では無いのだ。怪異とはそれを恐れ、後世に伝えた人間がつくりあげたもの。さらに怪異の強さは怪異がどれだけ恐れられているかによって変わる。

「いやいや神隠しは怪異だよ。言うて巻の鬼の力もチートでしょ。鬼なんて、この現代恐れてるのは子供くらいだけど、、、」

巻の怪異は鬼である。鬼の怪異は少し特殊であり、契約することにより、自身の身体能力を上昇させる。解放をすれば、本物の怪異と同じほどの出力を出すことも可能である。さらにこの怪異は太古に恐れられていたエネルギーを今も貯めている。そのため、この怪異は討伐しずらい怪異となっている。

「鬼はオンオフ切り替えられるからいいの。」

とか言ってるが、巻が怪異をオフにしてるところなんてあまりみない。

それから2人は永久とも言える時間戦闘をしあった。通常状態では、巻に手も足も出ない梨花だが、契約怪異の加護下でありるため、巻と互角程度には戦えるのである。

巻の目の色が変わった。彼女の漆黒とも呼べる深淵を除くかのような瞳は、紅く、人の血のような紅く染まっていく。右目が完璧に朱殷に染っていた。そんな血のような瞳を見た梨花は全身に鳥肌が立つ。

そうして、震えまでしてくる。梨花は1度深呼吸する。息を大きく吸い、その空気を吐き出す。

彼女はとてつもない勢いで思考をめぐらす。巻が本気を出した。それは彼女にとって死と隣り合わせで戦うということである。

巻が踏みこんでくる。右からの大振り、彼女はこれをしっかりと捉えている。体を横にしてこれを避ける。彼女は目の前に伸びてきた腕の関節を叩いてやろうと考えていた。しかし、その腕は伸びてこない。彼女の頭に1つの可能性が浮かび上がってくる。

巻の得意とするフェイクからの、本命の1発。しかし気づいたところで時すでに遅し。梨花のお腹に激痛が走る。梨花はお腹を押えながら巻のことを睨みつける。理科は薄れゆく意識の中で、巻が

「おやすみ」

と言ったことを聞き取っている。

彼女達の戦いはとても長かった。怪異の中であるあの神社での時間と外の時間では進みに大きな差があった。彼女達は決着は数時間をかけてつけたと思っている。いやむしろその認識で正解なのである。しかしここは怪異の中。外の時間と流れが違うと言うのはよくあることである。

彼女達が戦っていたのは外の世界で精々1時間前後である。しかし、彼らは1時間も有れば決着をつけてしまう。いや事実つけてしまったのだ。

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