592:記憶官

「肉声で、ぞ、じょうほうを伝えるっていうのも、か、感慨深い」


「まあ、うん、というか、その声はその肉体準拠って感じ?」


「そうだな……こち、こちらも、多分、エネルギーがあれば、変声が可能だと思う」


 セリフひとつひとつに滲みみたいな……歪みというか変な余白が載っかっている。いくら俺達の「しょごたん」とはいえ、簡単に攻略成功しているわけではないのが伝わってくる。


「おおお音というのはし、空気振動……なのだな。と、じ、じっかんしている。る」


 しょごたんの声は、なんていうか……子供の女児声だ。所謂普通の高い可愛い声。誰か似たような声優さん……というか、子供がしゃべっている、教育テレビ的なボイスとでもいうか。


 その辺のプロ、森下に聞いたところ、どこに属すことも無い至高のオリジナルボイスだそうだ。今どきは、そういう声優さんもいるらしい。お前、何時その情報を得たんだ……しばらく操られてただろ……。


 まあ、ヤツレベルになると、たった一言で声優さんが「誰」か判明させそうなので、微妙な違いがあるだけで似ているとはならないのかもしれない。

 

 そういえば、これまでのショゴスの声は……女声でも男声でもなかったが……うーん。直接身体に響いて来ていたのでなんとなくもっと低い声を想定してた……のかな? いや、元々直接的な精神感応言語だったわけだから、声なんて聞こえて無かったしな。


 とりあえず、違和感を感じないので問題無いか。


「あのさ、漠然とした目標だったんだけどさ。ショゴスにはいつか、身体を、錬金術で作ってあげようと思っていたんだ。お前が憑依して肉体を操作できることは最初から知ってたわけだから。それがこういうホムンクルスになるか、土人形ゴーレムとか、機械的なアンドロイドになるか判らなかったけどさ。魔術と錬金術があれば、もの凄くレベルが上がればいけるかな? って」


(! そうなのか!)


「なので、勢いでイロイロと動いてしまってちょっと残念だな。なんとなく、ショゴスは男の子になって、万里さんとボーイミーツガールで青い春が始まってしまうんじゃないか? なんて考えていたわけよ」


(!!! くっ! うおっ! そ、そんな事を……うーん、うーん。万里は大好きで一生側にいたいとは思ったりしたが……いや、今、今考えると、私は友達という関係性が一番好ましいと思う)


(そうなのか? お前の中で人間の……恋愛、いや、恋人のことを欲しいと思う気持ちとかは?)


(それな……それ……万里が教えてくれた文化の中でも恋愛は一番難しい。その恋人のことを欲しいと思うと、自分は同化して自分の中に取り込んでしまうことを考えてしまう。それは既に食事にも近く、なんていうか、恋愛という相互関係を保ちつつも、距離感を詰めるというワケが判らないコトを理解出来るようにならないといけない……と思う)


 寝たままのしょごたんが、リアルでホンの少し、首を傾げようとする。


(それは……かなり難しいか)


 ニヤッと右の口角を上げる。


(ああ、だが、これから、挑むことができる)


(そうだな。しかし、そういう細かい動きも可能になってきたか)


(区域を区切って、一部分を操作するのは既に慣れてきている。慣性が関係してくるような大きな動き……それこそ、徒手格闘戦闘なんかはとんでもなく難易度が高そうだな……正直、そこまで行くには数カ月掛かりそうだ)


 そうだよね。というか、全く動けないところから始まるリハビリでそのスピードってどういうことだよっていう。


 しょごたんに慣れてしまうとなんていうか、それが当たり前と思っちゃうけど……ダメだよな……ってホムンクルスに魂入れるって瞬間、機会がそうそう無いか。


(なので、これで……向こうの世界へ行くことができれば……そして万里と友達になれれば……この肉体は強化されていて、通常の人間の細胞よりも遥かに長生きの様だし、彼女を見届けることができる……ハズだ)


(あ、長生きなの?)


(エルフ、ハイエルフに仕えるために開発されていたからではないだろうか? 少なくとも数百年は保ちそうだ。人種よりも確実に長い。ひょっとしたら、エルフよりも長いかもしれない)


 そりゃそうか。このホムンクルスの……あれ? 


(その身体の本来の使い道って判る?)


(エルフ、ハイエルフの側用人……というか、他の奴隷の管理……だな。外部記憶素子でもあるな。多くの単語を過去の出来事とを結びつける役職というか。記憶官という役職も存在していた? みたいだ。エルフ、ハイエルフの寿命に合わせた天職……ではなく、一般的な職業か。当時の各王家、貴族家の名称や紋章を正確に記憶しておくだけでも重宝される……という予定だった様で。さらにオマケでこの手のホムンクルスには必須と思われていた性欲処理対象としても設定可能でもあるな。制作者はそのつもりはなかった様だが……本物指向で、やろうと思えば問題無くいける様になっている)


(……まあ、その機能は……生きて行くためには無いよりも有った方がいいか。前任者というか、その身体の前に作られた先輩ホムンクルスとかは?)


(……いた様だが、失われたようだな。細胞崩壊……自分の身体を維持できず消失したとか)


 まあ、そういう事もあるか。


(ちなみに、その前代ホムンクルスの欠点を修正するために、この身体は完成までに前代から二百年程度の年月を費やしている)


(そんなにか……)


(二百年かけて試行錯誤して、プロトタイプも数多く作られ、その結果がこれだ)


 それが偶然、こうして俺の手に渡り、さらにショゴスに与えられて。なんていうか、浪漫だな……。


(そうだな。奇跡に近い)


 

 

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