585:合衆国の危機

「真人帝国……か。それで? クレルサンドの頑固者共は素直に従ったとでも?」


「は。魔族、いえ、真族で最も歴史の古い王族、いえ、あの国では皇族ですか。その一族郎党……つまりは国内の最大貴族一派……五公爵家、直系侯爵家十家。さらに皇族の血を色濃く残している家は爵位に関係無く根切りとされました」


「尽くか。……それが粛清の五千か」


「は。逆に言えば。あの大帝国がたった五千の死傷者によって、完全に掌握されてしまったということになります」


「それだ。あの国は停滞し、いけ好かなかったとはいえ、歴史ある大国であったことは間違い無い。その皇族……支配一族ともなれば、当然、膨大な魔力を所持する者も多かったはずだ。それこそ、皇子……特に皇太子のオベルティタは我が合衆国の軍を何度も押し返し……最終的にモーデットの一部を切り取られたのは忘れておらぬぞ?」


 巨大な机は権力者、大統領の証として……成り上がり、新興国である合衆国の唯一の見栄でもある。そこに提出された資料が投げ出される。


「さらに……動くまで時間がかかるのが、かの老国の特徴だったのではないのか?」


「ええ。老朽化したシステム。人口だけが無駄に多く、それを生かすことができない……ハズでした」


「それが何故?」


「それを覆した者がいるのです。しかもたった一人で。モールラッド真人帝国、モリエリル真皇帝。この者が如何様な力、技を使用したかは判りませんが……権謀術数渦巻く古帝国を一瞬で支配した様です」


「ああ。その力。侮れぬのは確かだな」


 大陸全土で発生している狂乱敗走スタンピードも依然脅威のままだ。当然合衆国でもその対応に多くの人手を取られている。


「「最も古き」クレサンド……いや、いまはモーラッド真人帝国か。あの国での全狂乱敗走スタンピードの発生が少なかったというのは本当か?」


「は。そもそも……あの国の迷宮は狂乱敗走スタンピードを起こしていない様なのです」


「何故だ? 大陸全ての迷宮が溢れたのではなかったのか?」


 調査の際に南の大国へ向けた労力が少なかったのは確かだ。密命を帯びた商人や冒険者、そもそも諜報員の数が少ない。


 仮想敵国として……第一の脅威と認識されていなかったのだから仕方がないだろう。


 国の動勢を決める大切な調査とはいえ、それに掛かる費用は無限では無いのだから。 


「申し訳ありません。後手に回っております」


 大統領の勅命を受けて動く、合衆国全体の情報を束ねる調査騎士団の団長が頭を下げた。


「大統領……事態は深刻であります。いかが致しましょう……」


 補佐官が、改めて代表に向き直る。そんなことは……ここにいる者達全てが判っている。だが、どうにも判断出来ないから……困っているのだ。


「クレブ連邦、モーリア連邦、シドレア連邦……南方の三連邦の軍は既に展開済みですが、守らなければならない大地は広大で、圧倒的に数が足りません」


「……準備が出来次第、内陸部の連邦から軍を派遣しろ。危急だ」


 シファーラ魔導合衆国は連邦と呼ばれる十三の地域に分かれて統治されている。これは元々、連邦単体が一つの国として存在していたことに起因している。

 そもそも、連邦を纏める合衆国法は存在するが、各連邦は独自の法を用いて治められているのだ。連邦が変われば国が変わると未だに言われる所以だ。


 そのうち……現大統領であるアーシェット・レイバールの支持母体である三つの連邦のうち、最も東に当たる強大な軍を抱えてたリエタ連邦は、その九割以上の戦力で大障壁の向こう側に侵攻し……消息を絶ったままだ。


 つまり、現状、大統領の足元は非常に危うくなっている。


 残りの二つのうちの一つが南のシドレア連邦を死守しなければ、次回の大統領選で再選する事は叶わないだろう。軍事力を背景に持たない大統領など、この合衆国を率いるに値しないのだから。


 魔族大陸、真族国家群の中で現時点で最強と言われている合衆国連邦軍。その全ての勢力を南に差し向ける事は不可能だ。全狂乱敗走スタンピードの後始末、その復興でも人手は必要だ。


 連邦制、そして大統領制と、魔族社会の最先端新興国家システムを採用している合衆国の欠点、弱点は「スピード」だ。

 即断即決可能な専制君主制と比べて……最短でも数日。長くなると数週間の差が出てしまう。

 国の意思決定にそこまでの時間差が生じると……末端のあらゆる現象が圧倒的な差となって襲いかかってくる。

 情報が足りず、人が足りず、時間が足りず、焦りはさらに会議を踊らせてしまう。


 それでも、老朽化し肥大したシステムで運営され続けていた大抵の魔族の国であれば、その時間差が致命的に働く事はなかった。周辺各国の様子見の様な手出しであれば、現場判断での対応も可能だった。

 

 だが。


 魔族唯一の近代国家の圧倒的な弱点は、唯一であったがために生じた。


 が。本格的な、捨て身の単純な強襲、暴力に反応出来なかったのだ。


 その間隙を抜けて……古から続く皇帝による専制。それをさらに特化させたかのようなモーラッド真人帝国の浸蝕は合衆国を圧倒し始めていた。


 急襲に対応できない合衆国は、徐々にその領土を失っていく。


 それと同時に。


「申し上げます! と、討伐しそこねた魔物が再度集結。次々と都市を襲っております!」


「なんだと? 大狂乱敗走スタンピードから民を守るだけで我が国の騎士団は甚大な被害を受けたばかりなのだぞ?」


「魔物共は次々と都市を襲い……根こそぎ……」


「くっ。散会した雑魚共を纏めている上位種がいるということか」


 魔族の大陸の西南端に位置するクローハウス王国。東はケントクルス大山脈を挟んで、モールラッド真人帝国と隣り合わせということになる。


 魔人の大陸の西南。狂乱敗走スタンピードで暴れ続けていた魔物達が「なぜか」集結。狂乱敗走スタンピードよりも大規模な集団、波となって、都市を襲い始めていた。


 戦える者達の多くを失い、疲弊していたクローハウス王国は、その魔物の蹂躙に、為す術無く、震えて耐える事しか出来なかった。


 魔物の波は王都にも迫り、王を含めた多くの者達が戦い、そして魔物の餌となり散っていった。


「食糧」を粗方食い尽くしたのちに、魔物の波はそのまま、北へ。クローハウス王国の北、シャール魔導共和国へ襲いかかる。

 当然、こちらの共和国も、狂乱敗走スタンピードへの対応で大規模な戦力を保持できていたワケが無く。


 反抗の意思はあれど、「喰われ」ていくしかなかった。さらに……生き残った者たちも、逃げ惑うことしか出来ない。


 つまり、魔人大陸の東南からはモールラッド真人帝国。西南からは奇妙な狂乱敗走スタンピード


 この時点で二つの勢力がジワジワと北へ浸蝕していることに気付いている者は誰もいなかった。




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