584:神の使徒

「我が神の力を。示すために従え」


「そ、そんな話は聞いた事が……無い。我々は真人。真の人間であり、魔を操る一族。そ、その力故に真族以外を従え、世界を治め、神に捧げるのが役割。……お前の様な……」


「ああ。その通りだ。だがな。余りに不甲斐ないのだ。真の人を語るにしては。これまでに人族の領域に辿り着きしはただの二回。長き年月の中でたったの二回だ。しかも、大障壁に穴が開いたのは偶然でしかなく、森を越えたのは……ヤツに列なる者の技によるもの。不甲斐ない。あまりに不甲斐ない」


 満ちる。溢れんばかりの魔力が。魔族である者達の身体を駆け巡る。大して大きな声では無かったが……その言葉と共に、駆け巡る。


 強制。


 力が発動した。押しつけられるのは……その重圧。凄まじい力で、頭が。下がる。そして、どれほど耐えていても。頭が垂れる。


 周りを見渡せる者は既に居なかったが……所持魔力の少ない下級官吏、下級騎士は既に床に押しつけられ、意識朦朧としている。


 皇帝の謁見の間で……その中央で立っているのは、極普通の魔族の男……に見える。それこそ、この場に現れたときは、頭を下げ。礼儀正しく、儀礼に乗っ取った態度だったハズだ。


 それが、ただ一人、そこそこ広い謁見の間で、ただ一人。腕を組み、全員を見下ろしている。特に、王座に座る、その付近に立つ王族や血縁深い側近達。それらに向ける目は非常に冷酷だった。


 その男の外見は、通常の魔族とほぼ変わらない。


 ただ。


 いつの間にか、鋭い相貌の額、中央部分に黒い角が生えていた。長さにして5センチ、太さは4センチといった程度だろうか? 角として考えればそれほど大きな物では無い。


 この部屋に入ってきた時は……通常の魔族と同じ様な額だったハズだ。少なくとも既に色も長さも異なっている。


 黒い角が鼓動するように……ぶれる。震えている。それと共に、そこを中心に空間が歪む。


ドクン。


 ドクンドクン……。と、ここにいる全魔族が、明滅するようにその歪みを感じている。


「失敗作共が」


「うがっ!」


 ゴロゴロと……王座から引摺り出されて、投げられたのは……この謁見の間で最も華美な衣装に身を包んだ……皇帝。


 黒い角の波動は……皇帝を捉え……そして、あっという間に絞り尽くした。


 あっという間に小さくなる豪華な衣装に身を包んだ壮年の男はなんとか……多分、魔術を行使しようとしたのだろう。腕を伸ばし、力を入れた……形で、みるみるうちに小さくなっていった。


 文字通り。枯れた……のだ。

 

 枯れ木のように収縮された皇帝の亡骸は非常に小さく……衣装の山に埋もれてしまった。


 広間を声なき声が支配する。


「我が神の神域を守る精鋭の末裔が……この程度とは」


 男は目が覚めた時には、森にいた。


 シファーラ魔導合衆国の南方に位置するシドレア連邦、ホルア郡の森である。そこで最低限の力を取り戻した後に、そのまま、真っ直ぐに南下。


 神に与えられた記憶、そして本能に従い、真っ先に古の神域を押さえることにしたのである。


 こうして、魔族大陸の南に位置する、「最も古き」クレサンド魔導帝国は。


 たった一人の黒き角を持つ男によってその支配体制の頂点を変更することになった。


 皇帝及び、それに連なる皇族、公爵等の一族は老若男女、全て……一族郎党根切りとなり、その被害者数は五千人を超えた。


 新たな支配者は「モリエリル」と名乗り、魔人=真人の頂点、真皇帝を名乗り……そして、歴史あるクレサンド帝国を、「モールラッド」と呼ぶように命令を下した。


 それは記録官によって、モールラッド真人帝国と記述されるようになり、モリエリル真皇帝は支配の手を広げる事となる。


 その日から。モールラッド真人帝国の周辺国への侵攻は、異常とも言えるスピードで拡大していく。


 元々、ライバルである大国の影響を受け、周辺の小国に対して難癖を付け戦争中であったことも大きかったが……その勢いに任せて、強引に戦争当事国外郭に当たる国すら併呑し始める。


 これに至り、大陸の多くの国々が異変を感知し始める。


 モールラッドのやり方は至極簡単。


 魔族であれば抗えぬ、皇帝の産み出す「恐怖」による支配。そして、死兵としての突貫。それはさながら魔族による狂乱敗走スタンピードである。


 魔族に残されている本能を刺激され、軍隊が騎士団が、さらに一般市民までが魔術という武器を振りかざし、追われるように攻め込んでいくのだ。


 元々かの国は、老いた大国……停滞の帝国と思われており、外交的に孤立。支配制度も古く、発展性も望めず、少なくとも未来は無い……と周辺各国に油断があったのは否めない。

 体面などを考えすぎる大人と思っていたのに、いきなり、なりふり構わず……子供の様に、人口という武器をブンブンと振るい始めたのだから。


 だからこそ、不意を突かれた形になり……適切に対処できた国がほぼ無かった。強国と言われる様な国でも、対抗策が構築できる前に攻め込まれてしまったのだ。


 ある意味、本能に訴えた電撃戦を仕掛けただけであって、一般的な戦争の作法とさほど変わらない。


 が。


 しかし、何故、その上位種族であるらしい新皇帝が、最初に自分の帝国を手に入れた時と同じ様に、自ら先陣を切り乗り込んで、敵国を制圧しないのか ? と疑問に思う者は、まだ存在しなかった。


 あの謁見の間での出来事を知る者が一人たりとも生きていなかったのも大きいだろう。


 大帝国を少ない犠牲で掌握したそのやり口が最も効率が良い……のは確実であろうはずなのに。

 




 

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