582:黒い角

 酷く暗い夜だった。


 この辺りに都市は存在しない。荒れ地と森。空に月が無ければ、一筋の光も感じられないのは当たり前の事だ。


 だが。それでも。


 この辺りは……闇が濃かった。


 夜目が効く。というか、【暗視】というスキルを持つ者が居る。これを持っていれば、どんなに暗い場所でも視界が確保出来る。それこそ、夜だけでなく、洞窟や室内、迷宮の闇でも見渡す事が可能な優秀なスキルと言えよう。


「何だこれは……何も……見えん」


 配達人のジャスクは身動き出来ずに戸惑っていた。


 緊急時の連絡要員として城塞都市間を素早く移動するのが仕事である配達人。


 当然だが、その職業に合わせた能力があるからこその、安定した任務達成率であり、迅速な行動である。


 ジャスクは自分の気配を紛らわせる事ができたし、匂いも薄い。さらにこの夜でも目が見える能力のおかげで、これまで、夜間の仕事も問題無くこなして来た。


「ここ……本当に、ムハラの森……だよな?」


 自分がこれまで走って来た道を思い返してみる。間違い無いハズだ。どこかで脇道に逸れた覚えは一切無い。幾度となく走り抜けた馴染みの森……なのは確実だ。


「そもそも、いつもの夜よりも、周囲が見えないってどういうことなんだ……」


 足を……踏み出す。そこに大地は……道はある。あるのだ。だが。自慢の目には何も映らない。通常の視界に切り替えても……同じ事だ。さらに闇は深くなった気すらする。


「ギャフッ!」


 その瞬間。優秀な配達人の腹に極太の角の様なモノが……突き刺さった。


「あ、ががが……な、なびが……が」


 流れ出す血液は全て、その黒い闇と違わない黒い角に吸い込まれていく。


 さらに。


 黒い角は、当然の様に、血液だけでなく、ジャスクの肉体を貪るように吸い上げていく。


 全ては闇の中での……出来事である。残されたのはジャスクの身に付けていた装備、衣装と……重要書類を入れるための配達人の鞄だけだった。


 数日後。昼。ムハラの森を急ぐ数名の冒険者の姿があった。


「これは……」


「ああ。ギルドカードだな……ジャスクの装備だ」


「成功率100%の「配達人」ジャスク……の中身はどこにいったんだよ」


「血が付いてる……し。装備と服……腹の辺りに穴が開いている」


「んだよ。魔物に襲われたってか? 「配達人」も大した事ねぇな」


「バカか。ケロン。そんなことはあり得ないから「配達人」なんだよ」


「な、なんだよ。じゃあ、何だってんだよ、アニキ」


「同じ様になりたくなかったら、屍になってしまった仲間をよく見ろ。そして考えろ。彼がなぜ、こんなことになってしまったのかを。今回は特に書簡の配達であれば確実に、俺達よりも優秀な者がいとも簡単にやられている。そもそも。おい。ジャスクの身体はどこだ? 装備はあっても肉体が一切無いじゃねぇか魔物に喰われたにしても……不自然すぎる」


 冒険者の中でも、一番の巨漢で背中に大きな戦斧、両手斧を背負ったガランツが分析する。


 ガランツをアニキと慕う、斥候役のケロン。それに魔術士のバージア、無口な軽戦士のニニルの四人が「崩折れる魔物」のメンバーとなる。


 彼らは城砦都市ホルアの冒険者ギルドから派遣された調査の為のパーティだった。


 二週間前に緊急書類を携えた「配達人」が連邦郡都に辿り着けないという事故が発生した。これは、ホルアのギルドからするとあり得ない事で、重要書簡の回収と共に、原因究明の必要にも迫られた。


 特に、今回の書簡は現在やっと収まりつつある狂乱敗走スタンピード、都市存亡に関わる内容だっただけに、今回の依頼は重要視されている。


「……急ぎで戻るぞ? ここで夜を迎えたら、確実にジャスクの二の舞いだ」


「ああ」


「な、なんでだよ、郡都まで行くんじゃ無かったのかよ?」


「ケロン……これを見て、即撤退を考えられないようじゃ、何時死んでもおかしく無いぞ?」


「そう。どう見ても……「配達人」は私達では想像も付かない攻撃、そして魔物に「抵抗せず」にやられている」


「ジャスクさんって……確か、参級だったよね……ソロで行動しているってことは、逃げ足だけじゃなくて、戦闘も……多分、私達よりも上か」


「崩折れる魔物」の面々はリーダーのガランツが肆級。他のメンバーは伍級だ。四人合わせてやっと、参級相当の依頼を受ける事が出来る。


 通常であれば慎重なガランツは肆級の依頼しか受けない。


 今回の依頼はギルド側から、「崩折れる魔物」しか緊急対応出来るパーティが居ないと懇願されたためだ。指名依頼となるため、パーティの名を上げる為には重要になる。


 それだけに、失敗だけは避けたかった。


「急ぐぞ」


 言葉少なく。休む間も無く。パーティメンバーは反論無く従った。


 結果として、この迅速な行動が彼らの命を救う事になった。この時、「配達人」ジャスクを襲った黒い角は……得物を求めて、ムハラの森を彷徨っていたのだから。


 こうして、ムハラの森に発生した異変……は都市へと報告され……各ギルドに共有されることになった……が。


 この後。異変の原因となった黒い角の正体は、凄まじい嵐……まさに天災が如く荒れ狂う暴力となって、魔族国家、魔族社会に襲いかかる事になる。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る