576:商人ギルド

「了解しました……とりあえず、こちらへ。現状誰も居ませんので良かったですが、何かと言い辛い話もあるでしょう」

 

 確かに、今は……広い商業ギルドのフロアに会員=商人は誰もいない。お昼ちょい前か。丁度、食事時かもしれないな。


 案内されたのは、フロアの奥。面談室というか、個室だ。カンパルラの冒険者ギルドの圧迫面接室よりも遥かに文化的だな。


 あ。そうか。その前に行った商業ギルドは応接室に通されて無駄に豪華だったか。あれは……俺が錬金術士を名乗ったから、特別扱いだったんだったか。


「私は商業ギルド、フジャナ支部の副支部長のマタリュアです」

  

 ここに案内してくれたフロア係の人よりも、確実に偉そうな格好の人が会議机? の対面の席に座った。


「私は、アムネア支部登録の行商人、マキャルスです。今回は……」


「ああ、対応担当から話は聞いております。この度はとんだ不幸で。大変でしたね」


「はい。ですが。まあ、なんとかこうして都市に着けた時点で運が良かったかと」


「確かに。転移罠……で跳ばされて生還したなんて話は、おとぎ話くらいでしか聞いた事がありませんからね」


「はい。自分もです」


「とりあえず、これまたおとぎ話の転移の魔道具が存在しない以上、貴方のお話を信用するしかありません。ということで、どうされますか?」


「はぁ……とりあえず、故郷へは戻りたいと考えているのですが~まずは情報収集からかなと。移動するにも……この地方、地域の魔物の襲撃頻度や狂乱敗走スタンピードの状況を確認しないと……と思いまして」


「そうですか。確かに。さすが行商人。冷静な判断ですね。滞在費等は?」


「魔術背嚢を背負ったまま跳ばされてきましたから、金も物もそれなりにありますので、しばらくは……それこそ、情報収集するくらいの期間は大丈夫かな、と」


「それは良かった。こちらとしても、面倒事でなければ、協力は惜しみませんので」


「ありがとうございます。では早速……罠で跳ばされた当時、当然、少数ですが、売り物も所持しておりまして。これを……」


 足元に置いた魔術背嚢から、LEDランタン型の灯りの魔道具を取り出す。


「ほほう……これは……?」


「アムネア周辺では最新の……まだ貴族絡みでしか売買されておりませんでした……最新式の灯りの魔道具になります」


「珍しい形……ですね」


 まあ、とりあえず、フルパワーで灯りを付けてやる。この会議室には四隅とテーブルの上に灯りの魔道具が置いてある。まあ、うん、俺がLEDランタンなんかを作り出す以前のタイプだ。この辺は人族側と一緒なんだよなぁ……。交流が途絶えていたのに。


「うおう!」


 変な声と共に、マタリュアさんが目を押さえる。


「な、なんという……強い……」


「ああ。すいません、自分は慣れてしまって忠告するのを忘れておりました。最初、あまりの明るさに目をやられちゃうんですよね……思い出しました」


「それにしても……」


 調節つまみをひねって、照度を下げる。まるで昼の明るさ並だったのが、60ワットの白熱灯(日本だと自宅のトイレの灯りがこれくらいだった)くらいに落ち着いた。


「いかがでしょう。この魔道具……そこそこの値段で売れたりしませんでしょうか?」


「これはスゴイですな……これは……売り先を考えればかなりの高額で取引されるかもしれません」


「良かった。こちらでも高レベルな錬金術士は稀少でしたか」


「ええ。そもそも、この国はやっと開拓が落ち着いて来た所ですからね……この手の戦闘系ではない天職が必要になる職業は蔑ろにされがちでして。それこそ、薬師すら満足に確保出来ていないのが現状で」


「それは……まあでも、アムネアも同じ様なモノかと」


「さらにここ最近は無限大障壁越えの侵攻作戦がありましたからね。人手不足がとんでもなくて」


「あ、ああ! それは聞きました。商業ギルドや、行商人のネットワークにも鳴り響いておりましたよ! 例え神の御業だろうと打ち破れぬと言われていたあの壁に……穴を開けたと」


「……ええ。そう……なんですけどね」


 まあ、うん、俺は明らかに……新興国であるシファーラに対して、おべんちゃらを使ったわけだが。だが、見知らぬ土地に飛ばされた一介の行商人など、まずはギルドの職員に好かれなければ立ち行かないだろう。


 そんなおべんちゃらが気に入らなかったかな? と思ったのだが……。


「その偉業、大障壁に開いた穴は既に潰されてしまったそうなのです……」


「え? そうなのですか?」


 うん、まあ、穴を維持していたショゴスの欠片は回収したしね。


「ええ……なので、現状、我が国は障壁の向こう側へ出兵した膨大な軍事費の回収で喧々諤々で揉めている最中といいますか」


「……そ、そうなんですか? えっと、これからは、無限に人族奴隷を入手できる……という話でしたが」


「まあ、どんなに急いでも、マキャルス殿はしばらく戻れないでしょうから知られても問題無いでしょう。奴隷を入手出来たのは、ほんの一部ですね。穴が開いて……軍を派遣した当初は百名程度の人族奴隷を連れ帰ったそうです。が。それ以降は……」


「そうですか。それは残念ですね……」

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