539:到着

 宰相御自慢の「野営馬車」での移動は、マジで快適だった。何よりも……多分、向こうの世界の新幹線よりも「揺れ」を感じない。最初走り始めたのに気付かなかったのは伊達じゃ無い。


 移動する別荘……なんてキャッチコピーを向こうの世界の大手広告代理店なら付けそうだ。実際に名前負けする事も無い。走っていることを忘れてしまうくらい、揺れないからなぁ。


 ちなみに。近年向こうの世界で、自動車での移動中に後部座席までシートベルトが義務化または推奨され始めたのには、それなりに理由がある(国によって大きな差はあるが)。 

 純粋に走行時に事故が発生した場合、座席に縛り付けられていた方が安全性が高いというデータが非常に顕著になったからだ。特に高級車等は車体のモノコック形状の進化、剛性を高める傾向に有り、椅子に座ってさえいれば生き残る可能性が上がっているという。


 つまり自動車と同等レベルのスピードでかっ飛ばしているこの世界のマール馬車の車内だって、そのデータを流用できると思う。同じ様な理由で座席に座っていた方が安全性は高いだろう。

 実際のデータは知らないが、純粋に馬車事故はそれなりに発生している。冒険者や行商人等の街道を歩く者達との接触事故も多いが、障害物に衝突しての横転、脱輪等の整備不良事故等も多く、その際はほとんど、搭乗者は死亡する場合が多いという。


 という事を聞いてみたら、その辺はもう、複合型の緻密な仕様が搭載されているらしい。複数の【維持】の魔道具によって、横転を防ぎ、車内の人の安全を確保しているのだという。

 純粋に皇帝の命を守るために現在最上のシステムを選択しているとのこと。まあ当然、開発予算枠とか将来の利益とか関係無く、じゃぶじゃぶ注ぎ込んでますよね? これ。


 そりゃ……国の上層部に嫌われちゃっても仕方ないんじゃないかな? 金食い虫化してる気がする。


 まあねぇ。


 安全仕様の実装なんてそれなりに時間が掛かる物だと思う。自動車に搭乗者の安全を守るための設備が充実し、実際に命を守れるまでに技術も熟成し始めたのは、自動車開発から何十年後だったろうか? それを「腹黒」は、大好きなお兄さんを守るためとはいえ、当然の様に自力で問題を解決し、仕様に組み込んでいる。

 なんていうか、こうなるから、こうなって、こういうのが必要でしょ? と筋道立てて説明されるとそれは当然のシステムなのだけれど。


 ちなみに馬車の安全仕様なんて、他国では議論さえされていないからね? 少なくとも、カンパルラで馬車を取り扱っている商人と話したことがあるが、そんな開発思考、聞いたことが無い。


 所々でマール馬の交換を行い、順調に……超特急便よりもさらに速く目的地に着いてしまった。


「この馬車を、遺跡探索時は、拠点、宿舎として使用します。多分、一番快適ですから」


 そうだよな……トイレは水洗でさらに、シャワーまであるんだから。ベッドだってある程度簡易とはいえ、キャンプで使用される簡易寝台よりは寝心地が良い。何よりも、天幕とかテントとか軽量重視な布製じゃない、キチンとした造りなのが安心する。


(何よりも、再利用というか……使える物は効率良く、余すこと無く十全に使うやり方は嫌いじゃ無い。あるんだから使えばいいじゃんねっていうのは、慣例に縛られると抜け出せない場合も多いからさ)


(ふむ。人は……合理的ではないのだな)


(ああ。特にプライドとかその辺はヤバいな)


 森林第六十二遺跡。帝国の中央西部に存在する大森林、いや、樹海と呼んでもいいだろう。昔は中央樹海と呼ばれていたらしい。そのほぼ中央に入口が存在する。


 入口前は伐採されたのか比較的大きな広場となっていた。ここまでの街道は整備されていたし、支道になる森の中に入り込んでいる林道も、「腹黒」さんのせい(予算をじゃぶじゃぶ)なのか、街道と変わらない整備された立派な道が敷設されていた様だ。

 ってね。この広場に着いて、馬車から降りて確認して判った事なんだけどね。


(馬車に乗っている時は本当に揺れが少ないままだったしな)


(ああ。多分、「浮上」の魔道具の組み合わせにもの凄く実験を行っているよ。話を聞く分じゃ、ひとつの魔道具で問題解決するような超高性能な魔道具じゃない)


 広場の若干奥まった所に、遺跡の入口らしき、崩れ落ちた建造物が見えていた。


「六十二遺跡はあそこの入口から下がっていくタイプです。超古代のエルフの国の王都の……中でも王城と言われています。我々は宝物殿と呼んでいるのは、埋もれ朽ちた王城の奥深くの魔道具等が数多く発見された保管庫とでもいうのでしょうか」


「ほほう」


 遺跡の入口からは、当然、歩いて移動する。「腹黒」宰相閣下は足が悪い。杖を使って移動するのでどうしても時間がかかるのだ。


(それにしても……何でだろうか?)


(ん?)


「……閣下。その……何故、御自身の移動用の魔道具をお作りにならないのでしょう?」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る