538:馬車の真価

「そうなのですよ。唯一残念だったのは、食堂車を用意出来なかった点です。「空間拡張」の魔道具がもっと解析されて、効率良く使用可能になれば、多分、この車両内に調理場と食卓を用意することが出来ると思うのですが」


 実は。車内で全ての生活が営める……と思われたこの「野営馬車」なのだが、唯一の弱点が「食事」の様だ。


 追尾して来ている護衛の騎士団、及び、料理人と食材などの輜重を積んだ馬車が後追いで着いてきている他、街道に設置された停車場で各種サービスを受けている。毎回、その際に食事を摂ることになっている。


 停車場に止まる主な理由は、マール馬の交換だそうだ。


 そんなことよりも、まずは。


 まず最初にレポートしておかないといけないのは、この「野営馬車」の乗り心地だろう。


 正直、この馬車の特殊性において、凄まじい感動を受けていたのは確かだ。こちらの世界にこんな……ロングスケールのキャンピングカーを生み出せる設計者、技術者、さらに魔道具を工夫する錬金術士がいるとは思っていなかったからだ。


 だが。本当に驚くべき所は、ポイントはそこじゃなかった。


「え? ああ……そう言われてみればノラム殿は……現在一般的に使用している馬車しか乗っていなかったかもしれませんね」


 俺が慌てて、喫驚して問いただすと、こいつは何を今さら言っているんだ? という顔で、こちらを覗き込んできた。


「と、いうことは……この、野営馬車の仕様が、帝国の所有している馬車……いや、宰相閣下の運用していく「今後」の馬車の基礎仕様ということになると?」


「ええ、まあ、そうです……ね。というか、そうか。新型馬車を作る工夫はかなり前から手掛けていまして。私や兄上、それと周りの者達は当たり前になってしまっていましたが……。そう言われてみれば、各種制限契約を魔術契約しておかないといけない新規発明、発見、技術の塊でしたね」


 それは多分、アレだ、特許的なシステムだね。さすが。


「出発します」という宣言とその後の感覚になんとなく違和感を感じていたのだが……自分が気がついた時には、馬車はもの凄いスピードで走っている最中だった。


 これがもう、そもそも、考えられない。


 この「野営馬車」。いや「腹黒」の設計して作らせた特注の馬車は……ほとんど揺れないのだ。馬車なのに。これは、ちょっと頭大丈夫か? と心配してしまうくらいヤバい。

 

「ということは各種秘匿情報があるとは思うのですが、ここまで揺れない仕組みというのは……」


「幾つもの魔導技術の組み合わせになります。それこそ……車輪駆動部と客車部を分けて、魔道具で若干浮かせるシステムを基礎に~さっき言いました土魔術の魔道具の常時利用で進行方向手前の「整地」、風魔術の魔道具で「後押」、さらに横風等からの防護もしていますね」


 おう。すげーな。


(スゴイ)


「閣下、そういう大切な事を……私に伝えてしまってよろしいのでしょうか?」


「……そう。そうなのです。正直、敵対していたワケですし、現在もある程度の意識を同じくした同盟状態なわけですから、あまりこちらの手の内を開示するのはマズイ……と判っているのですが……。まず、わが部下の失態をお目こぼし頂いた……という借り。そして……まあ、こちらが主な理由なのですが。その……これらの魔道具の組み合わせ、工夫や職人たちの苦労。そして各種情報を収集した者達の積み重ね、大変さをですね、兄上含めて身内は全員。さらに、帝国上層部、役職付きの大貴族を含めた者達は「ああ、馬車ですか。錬金術の中でも御自身の趣味はほどほどに……と蔑ろにするばかりでして」


 ……溜まってたな、これ。


「つまりこの画期的な「野営馬車」の真価に気付いている方がいらっしゃらないと」


「……残念ながら。我が国は周辺各国よりも錬金術のレベルは高い方だと思うのですが……軍需品以外は理解を得られることが少なくて」


「……まあ、そうですね。貴族は……国を民を守る騎士でもありますから、頭のどこかで常に、戦場を考え続けているわけで。そうなると直接「敵を打ち倒せる」様な兵器以外は……価値を見出しにくいわけで」


「ええ、ええ。それは判っているのです。多分、戦場で緊急事態に陥って、将来、実戦配備されたこの「野営馬車」が最後の砦として活用されれば……まあ、そんな事態にならないような作戦を遂行していますので……」


「閣下の作戦のおかげで帝国の貴族は……危機に陥っていないでしょうし」


「ええ。どうしても間に合わなかった、さらに戦力的にもどうしょうもなかったこないだの戦いは……おかげさまで切り抜けさせていただきましたし……」


 俺に感謝はしている……っていうのは伝わってくる。そりゃそうか。この人が一番、自軍……騎士達の命を失わないで済んだということを理解しているだろうし。というか、あのままだったら、たったあれだけの敵兵に……皇帝が殺され帝国全土が大荒れになり、民の多くが奴隷となって奪われたハズだ。


(そりゃ判ってるよね)


(慢心が大きな危険を呼び込むことを懸念してるんだろう)


「なので……その、ノラム殿はパッと見ただけで、この馬車の真の価値まで気付かれた様で……さすが、錬金術をキチンと感じている者同士と。そう思ったら、なんというか、嬉しくなってしまって。そもそも、詳細を秘匿したからといって、この程度の戦力増加くらいで、貴方の武力なら歯牙にもかけないでしょうし。どうでもいいかな……と」


 うん、そうかな……そうだね。多分。こういう場合でも戦力分析が正確なのが、可愛げがないよな。


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