536:野営馬車

 俺も結構無茶をしているし、やらかしている……という自覚もあったんだけど。


(これ……凄いな。長い。電車みたいだ)


(向こうの世界でもリムジンの改造車で無茶な長さのヤツを見たことがあるけどさ)


 用意されていた馬車は。装飾こそ至って普通……というか、非常に地味でそこら辺で乗り回されている……行商人の馬車と変わらない。色味は一緒だ。木目調というか、木材の色を生かしている。


 だが。その大きさ、長さが違う。通常の馬車を二台……いや、三台ほど繋げたくらいの長さだろうか? 車輪も若干大きめで太め。ゴム……じゃないけれど、それに近い様な素材が使われてるのかもしれない。


 何よりも、タイヤが車体に収まっている。外側にはみ出ている外輪となっていないのだ。見た目は完全に自動車……まあ、乗り合いバスのソレだ。


 さらに当然、普通の馬車とは、構造だけでなく部品の素材が全く異なっている。主要部品……木じゃ無いもんな。


「これは魔物の骨を、芯骨と言って、基礎にすることで構築する事が可能になった大型馬車です。まだ仮にですが、「野営馬車」と名付けています。今後まずは貴族用に。さらにそれから騎士団用に配備されると思うのですが、内装などの仕様が難しく、一端保留となっています。軍用だけで無く日常での使用も合わせて考えた設計。その仕様がかつて無いと考えています」


 まあ、うん。まずは……騎士団を率いる貴族用……装甲馬車か。あったな。馬車を並べて壁として簡易な陣地を作るって話。


 というか、野営の際の陣幕の代わりにする……のか。貴族の移動用として考えると、豪華寝台列車だよな……。確かに、自分の領と帝都の行き来、さらに旅行にも使用出来そうだ。スゴいな。幾つか発想のブレイクスルーを跳び越えてるだろ。


「これ、この大きさで普通の馬車の素材で組むと重くて車が回らないのです。一見木材で出来ているようですが、遺跡から発掘されたパネルなどを多用して、見た目よりも遥かに軽量にしあげています」


「素晴らしい……これは素晴らしいですね」


 正直、これはスゴイ。この世界で初めて、この手の工業加工品で尊敬に値する作品に出会った気がする。

 ここで言う工業加工品というのは、本来の工業品に魔道具を組み合わせた機構が複雑に組み込まれた物を指す。

 俺がなまじっか錬金術でイロイロと作れてしまうからだと思うが、その辺の敷居が高くなっているのだ。


 車輪や車軸、さらにサスペンション的な役割をする物まで仕込まれてないか? 上手いことカバーされているし、魔道具っぽいのでハッキリとは判らないけれど。


「そうですか……さすが一流の錬金術士。この美しさを判って頂けるとは……。ですよね? この野営馬車は素晴らしいですよね? 自分で設計しておいて何なんですが、傑作だと思うのです。ですが、兄上もクルセルも「地味だ」とか「大きすぎる、長すぎる」とか。文句ばかり。この落ち着いた色合い、そして質実剛健なフォルム。実用重視にしていくと、この形が究極系なのですよ。余計な装飾など、愚の骨頂! 長くなっているのは最低限の居住性を確保するために必要なサイズ、強度計算を含めて、計算を重ねた結果がこの大きさなのです。それを……」


 あ、ああ。うん。アレだ、「腹黒」はアレだ、重機の機能美に美しさを見出せてしまうタイプだ。というか、鉄だと、通勤鉄なんていう、通勤電車のシンプルな佇まいを至高とするタイプだ。


「何よりもですね、魔骨といって、大型魔物の骨を使用した軸を中心に組み上げることで、異常なほどの強度を確保しています。さらに、先ほど言った様に遺跡で発見した素材を生かしているので、この大きさにも関わらず、重量軽減に成功しています。三頭のマール馬で牽けば、通常の行商用の馬車と変わらない速度が出せるのです。そこに新開発の土魔術の魔道具による「整地」、風魔術の魔道具による「後押」の効果で、マールを四頭立てにすれば、通常の1.5倍の速度、距離を踏破することが」


「閣下。と、とりあえず、出発して……中で説明して頂ければ」


 だめだ、コイツ。典型的なオタクの自分が好きなことは超絶早口で説明しきらないとスッキリできない派閥の人だ。


「そうですか? では、中で」


 乗り込んだ。あ。これまたスゴイ。


「これは……」


 でしょう? っていうどや顔の「腹黒」。まあでも、そりゃ……そうなるか。


 馬車二台をくっ付けたような長大なサイズの馬車は、中に乗り込むと、さらに、その異質な広さに驚愕できる様になっていた。


「古代遺跡から発見された「空間拡張」の魔道具を使用しています。これはまだ、量産できるまで研究できていないのですが……試用品としてこの馬車に搭載することにしました。拡張していない時の約1.3倍になっています。もしも魔道具が故障した場合を懸念して、現在はこの廊下部分を主に拡張してあります。なので、もしも不具合があっても大丈夫」


 うん、なんていうか、ある意味理想の技術者って感じだ。錬金術だと余計に色々なことが出来るわけで。


「ここがまあ、エントランススペースというか、主な居住スペースですね。通常の馬車の二倍のスペースを確保出来ています」


 テーブルを挟んでソファが用意されていた。ああ、でも、それはそうか。通常の車の座席みたいなのが乗用車だと一番疲れないと思うんだけど。


「閣下、これ居住性はどうなんですか?」


 ハッキリは言えないからそう聞いてみる。


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