535:逃げるし戦う。

(酔っ払いも大人)


(ごめん)


 ふっと……気の抜けた瞬間を狙われたのか。


 また。


 クルセルさんがいつの間にか、宰相閣下の側で耳打ちをしていた。ちゅーか、アレはマジでヤバいな。本気で感じられてないぞ。俺の自慢のスキルが。

 いきなり、横に現れて……の攻撃は避けられない。最終的に【結界】が何とかしてくれると思いたいが……それすら突き抜ける攻撃が「無い」とは言い切れない。


(魔力も……虚空からいきなり出現してる。あの女、何か起こったのか分析出来ない)


 だよな。というか、クルセルさんレベルの熟練者、年長者がいて、なんでああなのか。ヤツラ。


「言われた通りのようですね……。正直、これは既に庇えない。私も緋の月を束ねる者として、貴方に殺されても文句は言えないでしょう」


 眉間に皺が寄る。


「……ふう……」


 まあ、正直、今や……別にあんたの命は欲しくない。


 死んで巻き起こるであろう混乱の方が、確実に俺にもマイナスになって襲いかかってくるだろうから。

 最終的な魔族側の規模が判らないけど、あの攻撃力の上に、物量で押してくる作戦で来られたら。正直面倒くさい。


 なので。


 殺さないよ? まあ、それに多分……殺させないよ? 他の誰にも。出来る限り。同じく陛下もね。


「何か理由があるとみました。が。帝国流でいいですよ。処分は。こんな早急に事情が分かるってことは、クルセルさんの手の者が、彼らを監視してるのでしょう?」


 ちょっとだけ。クルセルさんの表情が動いた。すげーな。「腹黒」は動揺一切無しだ。


「まだ……陛下が即位したばかりの混乱期。魔力を使用し、忠誠心を強める訓練方法を模索しておりました。ただ。当時、彼らの多くは孤児で、拾い上げた閣下に元々強い忠誠心を感じていたため、相乗効果なのか……異様に強度が高くなり」


 彼女の言ってることは、多分、本当のことだろう。偽っている感触が無い。


「結果、視野が狭くなって宰相閣下以外の何もかもが、認められなくなった?」


「はい」


 その辺履き違えているよなぁ。何よりも……忠誠というのなら、まずは御主人様の意向を優先しないとだし、兵卒だというのなら、何の為にそこに居るのかが判らなくなる。


「閣下の下で働いていて、論理的な考え方が不可能になっているのだとしたら。それはもう……何かが壊れてしまっているのかもしれません。今回が初なので実はこちらも戸惑っていまして」


「……貴方を、脅威と……本能がそう認識してしまったのかもしれません」


 自分が何か言える立場では無い……と考えていたのか黙っていた「腹黒」だが。まあ、そういうことか。

 

「彼らは実験の結果、忠誠心だけでなく、本能的な行動、判断に優れています。感覚が鋭いとでもいうのでしょうか。それが……貴方を脅威として判断してしまった。……それだけ、脅威度が高い、と」


「だからといって、ノラム様に「仕掛けて」良いというものではなりません。閣下。飼い犬が御客様に嚙み付いたのだとしたら、その責任は飼い主にあります」


 さすが。厳しいね。クルセルさん。とはいえ。


「まあ、クルセルさんの言う事は最も……なんですが、噛まれた本人から言わせてもらうと。正直、分厚い服を着ていたため、甘噛みにすらなってませんでした。朝起きて目覚めて、考えて初めて「ナニかされていたかもな」と気付けたくらいで。なので、まあ、口を出すベキでは無いのでしょうが……彼らにはクルセルさんから厳しく躾けていただくとして……お宝をもうひとつ増やすってことでどうですか? 閣下」


「……それは……助かります。判りました。組織として厳しく躾はしますが……最後の線は越えなくてすみそうです」


「腹黒」が。頭を深く下げた。同時に、クルセルさんも。まあ、どんなに愚かでも部下を処分しなくてはいけないっていうのはちょっとキツいだろうし。


 もしも森下、松戸がやらかしてしまったら。ヤツラは賢いから無いとは思うが。


(処分? 躾?)


(面子とか、組織とか……国とか関係無い。逃げる)


(くくくくくく。さすがノラム。素敵だと思う。逃げるの)


(お前もだぞ? ショゴス)


(ん?)


(もしも……女神とやり合うことになっても……俺がお前を処分することは絶対に無い)


(言い切らなくていい。私は……自分で言うのもなんなんだが……自分で自分の事が計り切れていないというか。女神の敵であったのは間違い無い様だしな……。もしも……ノラムに対して牙剥いたとしたら処分してほしいし、万が一……万里に危害が及ぶ様な事態になるとしたら……一切を消し去ってくれてかまわない)


(判った。まあ、無いけどな)


 無い。絶対に何とかしてやる。神敵だろうと、世界の敵だろうと、何だろうと。


「よし。なら、宝物、二ついただけるということで、行きましょうか。早速。森林……」


「森林第六十二遺跡へは、通常、マール馬車の急行で三日です。しかし、今回クルセルの手配で二日で行けるそうです。その分走りっぱなしになるのですが……良いでしょうか?」


「一切構いませんよ」


 寝てればいいしね。休息時間だ。


「なので行き帰りは四日で行けることになります。つまり、現地で三日過ごせることになります」


「おお! それは素晴らしい。未踏破区域のある大型遺跡なんですよね? わくわくしますね」


「……実は私も……です。マール馬車も特別製のモノが間に合いましたし……」


 あ。「腹黒」の顔がなんとなく夢見る少年の様に……初めて見たな。こんな顔もするのか……とクルセルさん見たら。


(蕩けてるって……こういう顔を言うのか)


「腹黒」の本気の喜んだ顔を見て、心から喜んで……いや、恍惚? な顔?


(何となくだけど真似しない様にな)


(うん。万里は好きだけど……真似しない)




 

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