522:溶ける融ける

(サノブ。大丈夫か?)


 温泉に浸かり。浴場で浮かんだようになっていると、何もかもが無かったことになりそうだった。


(ああ……多分)


(すまない。魔族、人族含めて……あの単位で爆破を行って、心に何かを感じないことなど……無かったな)


 うーん。まあ、そういうもんでも無いとは思うんだけどな。


(私の知る人種は万里だけだったからな。その万里と、サノブは違うのだ、そもそも、人間とハイエルフでは根本が違うのだ……と)


(違うんじゃ無いか? なんていうか、色々な事象を切り替えて思考するのは、速い気がするよ)


(ああ、それはそうかもしれないが……サノブは、地球で日本で、事故で亡くなるまで父と母に「普通」に育てられたのだろう?)


(両親共働きで、家で一人でいた記憶の方が多いんだけどな)


(それでも、だ。あの……戯言の様な平和に浸りきった社会で、両親に愛されて幼少期を過ごした者が……知的社会をただただ破壊するという行為に対して何も感じないハズが無い)


 まあ、そうか。


(だから……すまない)


(問題無い。あの場……流れで火を注ぐ行動に出てしまったが、確実に最適解だと思う。この国……深淵の森の西側に位置するローレシア王国が女王陛下の元で再立ち上げされるまでにはもうしばらく時間が掛かる。貴族議会だかの様子を聞いていた限り、深淵の森を越えることは早々出来そうに無かったが……アムネア帝国よりも上位の国、クロトア帝国だったか? ヤツラなら越えてくる可能性も高い。ならば、最前線に突っ込んで来ていた部隊を壊滅状態に追い込んで両国に「派手」に打撃を与えた方が、混乱状況は継続される。あのまま、宮殿破壊のみで……アムネアが降伏することにでもなれば、クロトアが「アムネアの民、全員を肉盾」にして深淵の森を越えてくる……なんて事態にもなりかねない)


(ああ。その通りだ。瞬時のあの判断は見事だったと思う。起爆の静電気発生の魔術は【結界】「正式」でパッケージされた。意図していなかったと思うが、密閉空間を同時に創り出していた。設置時にあの密閉空間に多くの粉塵が巻き込まれていたことまでは予想出来なかった。帝都の建物の構造材の中に炭の様な、粉砕されると可燃する物が含まれていた可能性も高い。とても単純でとても簡単なシステムだ。幾つも配置したのは、あれらの内、一つか二つでも起爆すればいいな……と思っての事だろう。なので、アレは何一つ理不尽な行動では無い。ただ、思った以上に起動したし、効果絶大すぎただけだ。対費用効果が大きすぎて、我々二人が驚愕して……お互いに余計な考えに至ってしまっただけだ) 


(そうだな……)


(そうだ。そういえば、劇的な増加……ではないのだが、確実にダンジョンシステムへのエネルギー供給は増加している様だ。ダンジョンがこの地に存在するのも大きいのだろう、この温泉にも流れ込んでいる……龍脈からの力は、生命体への癒しに直結している)


(この温泉が身体に良い感じなのが増加してるのか)


(そうだな……って寝るなよ? 溺れるぞ? さすがに)


 まあ、確かに……なんていうか、言いようが無い何かが沸き上がってくるというか。


 そうか。このモヤモヤの塊が。


 これが……俺が……父さん、母さんに育てられた証なんだろうな。自分以外の誰かを大量に、自分が傷付けたという罪悪感。ハイエルフなんて言うワケ判らない種族だけど知らなかったし、日本人として育てられた事実が詰め寄ってくる。


 既に……結構な数の人を殺し、傷付けてきたと思っていたけどな。まあでも、何万人を一気にっていうのは今回が初めてか。


 子供も……いたんだろうな。


(サノブ、やめろ。その考え方はマズイ)


 ん?


(戻って来れなくなるぞ? 特に今、温泉を介して、龍脈に直結している。大いなる何かに……吸い込まれる、溶かされ)


「御主人様!」


バシャンッ!


 うおぃ!


「お背中流します! って、たゆたってますね! なら、お湯の中でマッサージ致しましょう! ああ、全身をマッサージしていたと思ったら、いつの間にかついうっかりと、アレでアレな、アレが、アレしてしまって! なんて感じでどうでしょう?」


 はっ! と思った瞬間には、森下が、かけ湯もそこそこに、温泉に侵入。身体を密着させてきていた。


 ぐふっ。いきなりの肉感にビクッと激しく反応してしまう。


(ナイスタイミングだ……凄い)


「森下? いきなりそれは失礼でしょう? 御主人様に」


 と言いつつも、既に松戸は温泉の中にいた。いつの間に?


「お顔の……表情が。昔よく見た者達の顔に似ていたものですから。勢いで突入させていただきました」


「あ、うん、気を使わせたか」


 工房の温泉は、大きく窓を取っていないので、常に薄暗い。なので、適度な明るさの照明の魔道具が常に灯されている。


 ってああ、そういう俺自身の……イヤでも目に入ってくる、視覚情報すら……見えなくなっていたか……。


 二人の肢体と共に、生々しい息づかいが……って!


「はあはあ。御主人様、はあはあ」


 森下が既に吐息がかかる位置で身体を押しつけながら肩や腕を揉み始めていた。


「くくく……いや、本当にすまん。ちょっと心配をかけすぎたな。そういうことか」


(そういう事だと思う)


 二人に言われるまま……久々に、入念に身体を洗ってもらい。さらに温泉マッサージを堪能させられた。


 まあ、うん、その後はイイ感じにイイ感じで……その途中、自らガツガツと……メシも喰った気がするけど、なんだか夢の世界での出来事の様で……。


 いつの間にか、ベッドで意識を手放していた。




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