515:行商人ネットワーク

 とりあえず、腹立たしく感じるのは仕方ないとして。ただ、この世界にはこの世界のルールが、モラルが存在するのは当然だ。なので所謂「余所者よそもの」である俺が、俺の我を通したいのなら、それに相応しい権力、地位、名声……まあ、当然、その手の物が必要になる。


 ……そういう「力」を手に入れるのは良いとして。力に付随するクソ面倒くささからは逃れられない。


 簡単に言えば。俺は無敵ではない。不老不死でもない。多分。それこそ……油断している魔族の兵士一万人に奇襲をかけて、ゲリラ戦を仕掛けて敗退させるくらいなら出来なくはない。


 それこそ、条件を限定して戦えば、一騎当千の強者……くらいは何の問題も無く名乗れてしまうのは間違い無い。


 チートだよな。まあ、女神(多分本物)と会話している時点で、なんだっけ、神の御使いだってヤツだし。ステータスに加護とか表示されていないけれど、ダンジョンシステムとかが確実に俺専用になってる時点で、依怙贔屓されているわけで。


 ああ、そうか。ママ……いや、母さんの血筋とかの流れって言ってたか。こうやって思い出すと、パ……いや、父さんが悲しい顔をしそうな気がしてアレなんだけど。


 母さんから受け継いだのが女神とか異世界とかハイエルフとかそういう部分なんだとしたら。父さんから受け継いだ部分で、なんていうか、俺の大好きな「人間」という器に繋ぎ止められている気がするから。感謝してるから。父さん。うん。というか、二人とも大好きだから。ごめんよ。


 って、俺は誰に何の謝罪をしているのか。


(それくらい、この国の現実は……サノブの精神にショックを与えているということか)


(そうなん……だろうな。まあでも、ショゴスの言うとおり、別に、魔族の国が特別じゃなくて、リドリスの支配下以外の土地や国では、こちらの方が当たり前なんだろうな)


(あまり情報収集していないので若干判らないのだが……帝国……はそうでもない気もするな)


(ああ、「腹黒」のとこ?)


(そう。歴史ある国っぽいから、制度改変とかはそう簡単に行かないだろうけど……少なくとも奴隷制度はここまで露骨ではない印象だった)


(そうだな。ああ、もしかしたら、「腹黒」の部下……緋の月のヤツラは元々は虐げられていた者達なのかもな)


(虐げられていた者達はさらに虐げられる者を探すだったか?)


(ああ、だからソレを否定する者は、よほど卓越した見識も持たなければ未来を語れないと思うんだけど……「腹黒」に「偽笑顔」なら可能な気もするな)


(「偽笑顔」。おもしろい。的確)


(お。あの変な笑顔、怖いよな)


 まあ、ショゴスは判ってくれたが、「偽笑顔」はアレだ、宰相兄だ。そんなに長い時間、拝謁したわけではないが、あの皇帝陛下、普通に話している状態で、どこか顔面に薄笑いが張り付いている感じなのだ。


(さっき思いついた)


バスッ


 市場調査のために帝都の人混みを歩いていると……又、あの音が聞こえた。奴隷へのお仕置きで一般的なのは、鞭と、しゃもじの様な片手棍の様だ。


 フードを深く被り、嫌悪感バリバリな表情を伺われない様に急いでその場を立ち去る。


 奴隷がミスをしたら、公共の場で「明確な罰」を与えるのは、正統であり、社会として正しい行為なのだそうだ。逆にそれが出来ないと、奴隷は陰でさらに大きな罰を与えられることになるらしい。

 首を落とされたのも、連帯責任で他の奴隷を巻き添えにしないためには、それが最善の手なんだそうだ……。

 この辺は、定番の酒場で、魔族の行商人から入手した情報をつなぎ合わせた。


 今、この場で……俺が、一騎当千で暴れたとしても。一万はどうにかなったとしても。その二倍なら、三倍なら、さらに十倍なら。魔力が尽きてしまえば。ステータスで魔力の数値がある以上、消費を続けていけば、アレが尽きる時が必ずくる。


【結界】だって、アレ、使いすぎると、もうこれ以上ヤバいと思う瞬間がやって来る……のが予想出来る。何となく、限度はある……という感覚が身体のどこかで蠢いているのだ。


 深淵の森のドラゴンだって相性が良かったから楽勝だったが、甲殻蟲は数の暴力でとんでもなく厄介だった。アレ、二倍くらいいたら……もしかしたら、身体中に穴が空いて、死んでいた可能性だってあるのだ。


「物価……特に食料関係の値が三倍になっているよ」


「ああ、行商してると感じなかったんだがな……」


「仕方ないだろう。今回の東征、第一軍であるハーシャリス閥軍からは連絡が無いし、第二軍として派遣された、シャリスタン閥軍は深淵の森を越えられなかった噂がある……」


「そうなると、人不足、物不足か」


 昼間から穴蔵のような……市場の隅の酒場では俺と「同じ様な」行商人が集っていた。ここを教えてもらうまでにいくら使ったことか。さらに、仲間と認識されるまでが非常に面倒くさかった。


 まあ、一部故障したLEDランタンの魔道具を迷宮産と偽ってばら撒いたおかげで、何とか踏み込む事が出来た。


 魔族は魔力が豊富だからなのか、錬金術士が多いのか? 魔術背嚢、魔法鞄が広く流通している。そのせいで行商人が各都市の流通を支えている。


 なんでも、魔族側の魔物は「大人数で行動していると多数で襲いかかってくる」傾向が強いらしい。なので、圧倒的な……それこそ、閥軍レベルの軍隊でなければ、集団行動を避ける傾向があるのだという。それこそ人族側の物流の中心である、数台の馬車で移動する行商キャラバンはあまり普及していないらしい。


 物流を担っているのは行商人なのだ。そのせいか……数も多いし、仲間意識も強く、様々な情報が共有されてくる。


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