514:世界道徳

 目の前で……行われている事が、至極淡々と、当たり前の様に流れて行くことに、正直、感覚を麻痺させなければ直視することが出来なかった。


 首を刎ねられる奴隷は、あの時の一人、一件だけだったが、奴隷達に対する「仕置き」は帝都の街中で当たり前の様に行われている。

 それに対して余計な視線を浴びせているのは、俺一人だけ、の様だ。まあ、コートのフードを深く被って、さらにマスクを着けているのでそれが漏れることはないのだが……それでも少々、精神的にささくれ立ってしまう。


(……奴隷制度が……存在し、それを事実として作られた映画は何本か観たことがあるし、その手のドキュメンタリーだって観たことがある。だけど。現在進行形で虐げられている……人族、まあ同胞を目の当たりにすると……来るな。やはり)


(サノブはこういうのに強い……と思っているのだが……それでも、か)


(ああ。正直、社会全体の空気に……魂が怒りで震えてしまう……というか。なんていうか、言葉にしにくいくらい、憤りがスゴイ)


(すまん、私にはまだ、その辺の繊細な感情の機微が感じられないようだ)


(ああ、同調して欲しいとか、共感して欲しいとかそういうんじゃないからさ。ただ単に、魔族が許せなくなって来ているだけで)


 日常のワンシーンに奴隷制度が組み込まれている。彼らに取ってはそれが常識なのだ。そこに愛はない。多分、執着心的なモノだと思う。敢えて似ているというのであれば、ペットの様な……所有物に対する愛着というか。なので、言うことを聞かなければ、粗相をしたら。容赦なくお仕置きをしなければ「いけない」し、相応の事をしでかしたら、その命で償わせる。


 それが当たり前だし、当然なのだ。


(納得はしないけどな)


(そうか)


(ああ)


(だが、どう考えても、魔族を族滅する……のは現実的では無いぞ?)


 それはそうだ。いくら俺が腹を立て、ムカついたとしても、魔族を全員殺す……というのは難しい。


 と……帝都でもそれなりと教えられた宿屋の部屋、ベッドに横になって考えに耽る。


(魔族と人族の終着点、決着点っていうのはあるんだろうか?)


(……ある気がするぞ? 正直、人族も奴隷に関して、当たり前の感情を抱いていたし)


(あ。そうか。奴隷に対して変に拘ってるのは……向こうの世界で育った俺や松戸、森下くらいか)


(そうだと思う。そもそも、こちらの世界は命が軽い。さらに奴隷となった者は明かに人権が剥奪され、それを守る様な法は存在しない)


(そうだな……)


 こちらの世界の人達は誰かの言いなりにならざるを得ない……という状況がどれだけ理不尽なことなのか。正面から考えてたことも無さそうだ。


(奴隷制度……隷属の首輪がある時点でソレを利用する者がいる。借金や失敗のせいで……というのではなく、単純に暴力で支配し、奴隷化するという理不尽は、貴族や王族による支配にも近いからな)


(奴隷制度による支配は、王侯貴族による支配に近しいから理解されやすいのではないかと)


(そう……だな。リドリス……の様な貴族は非常にレアだ。というか、多分、一般的な貴族側からみれば、リドリス家は貴族の責任を果たすことの出来ない、格の低い一族ということになるのかもしれないな……)


 ソレも腹立たしいが。


 弱肉強食、力こそ全ての世界なんだよなぁ。君主制の世の中なんて。最終的に暴力による支配だ。世紀末救世主伝説の世界と大差ない。


 まあ……俺の周りに手を出してこなければどうでもいい……と思うようにするしかないかな?


(そうだな……そうだな。身近な世界を守る事に専念した方が判りやすい気がするな。さっき、その辺の感情について少々判らない……と言ったのだが。あの首輪を着けられている人族が……万里だとしたら。それは非常に嫌だし、どうにかして、万里がしたいようにやらせてあげたいし、もしも万里が「このままでいい」などと言ったら、一から教育して自立させる様に動くかもしれない)


 くくく。


(ショゴスは、本当に万里ちゃんが全てなんだな)


(ああ、そういう風に置き換えて考えると、自分には判りやすい)


 そうだよな。俺もそうだ。俺に取ってまず自分。そして、関わってしまった人達。それをどうにかするのが大事としよう。


(……向こうの世界……大元を潰してきたから大丈夫だと思うんだが……連絡が取れないのはちょっと心配だな)


(万里……は大丈夫なんだろうな?)


 あ。唯一のポイントに触れたか。


(大丈夫だと思うんだが……100%大丈夫とは言い切れないだろ。なんだって。世界の転移扉は稼働できないから、連絡取れないし)


(くっ……そうだな……魔族よりもそっちの方が気になるな。そういえば、サノブはダンジョンシステムが起動していないのにこちらに移動してきたんだから……それを、再度行えば……あ、そうか。あの時は、本来膨大なエネルギー量が必要なのに……向こうの世界から何かしら吸収した気配があったしな)


(そうなの?)


(そうだ。私が任された時点で、明らかに残りエネルギーは足りなかった。にも関わらず、私の存在も消滅せずに、サノブはこちらの世界に転移してきた。その際に向こうの世界からエネルギーが流入した気がするのだ)


(向こうの世界の……魔力は無いんだよな。だから、神力になるのかな?)


(そうかもしれないし……違うかもしれない。すまん。私にも良く判らない)


 何て事を考えているうちに……帝都の宿での夜は更けていき、いつの間にか眠りに付いていた。



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