507:治国

 松戸に目線で振られて、森下が口を開く。


「貴子さんは実は、新人教育能力が半端ないです。御主人様、あまりその辺詳しく見ていないと思いますが。なので、エルフの諜報員教育だろうが、守備隊の新兵教育だろうが、お構い無しで実力を発揮してくれています」


「そうなんだ」


 知らなかったな……そういえば、任せっきりだったか。エルフの冒険者も……そういえば一人前になるのにそんなに時間かからなかったな……。松戸の力だったのか。


「現在は早急にカンパルラの守備兵力を充実させる必要があるかと思い。カンパルラ、まあ、ひいてはリドリス領に対して何らかの影響を与える事が無ければ、内乱でも内戦でも勝手にどうぞ……と思うのですが。魔族の王都急襲によってボロボロになったにも関わらず、ここまで無駄に政争を行える者が多いようですので……飛び火することもあるかと思って準備していたのですが」


「ああ、そうだな。ちょっと頭が悪すぎる」


 森下の軍師モードは論理的で話していて気持ち良い。


「はい。先ほど御主人様がおっしゃった、帝国が魔族と対抗する為に国力増強を狙っているという話。これが絡んでくると、もう、何をしているのかと。国政視点で考えれば、言語道断レベルかと」


「王国貴族は……魔族云々は知らなくても、帝国が勢力拡大を急いでいる……のは知っているよな? 帝国の脅威は理解しているよな?」


 なんていうか、大事な事なので念を押しちゃう。


「正直、女王陛下とリドリス辺境伯……その他数名の側近レベルくらいしか~正しくは理解していないかと~。帝国は遥か彼方、幾つかの国を超えた遥か彼方にある大国で、多少の貢ぎ物でも送って、交流を維持していればどうにかなる……と考えている気がします~」


「でしょうね……。でなければ……今回の魔族の件を正確に調査し、情報を得ようと画策するハズです」


「え? そういうのもして無い感じ?」


「はい。深刻に捉えているのも、陛下やその部下くらいでしょうか。まあ、奴隷魔術士を多数直属に抱えているから……情報もリアルに伝わってきている様ですし」


 まあ、これまでそれくらいで良かったんだろうな。……代々、百年程度は国が維持されて来たんだからしょうがないか。危機管理能力が、そういうレベルなのも仕方ないのか。


「あの~特にですね~保守派の貴族は~貴族派、王党派両方とも、前国王時代は抑圧されていたこともあって~ここぞとばかりに自分たちの勢力を拡大しようと~正直、やらなければいけないことの優先順序が~グチャグチャになっているというか~」


 あ……国政……まあ、それこそ、諸外国とのバランスを考えながらの国政は、慣れが無いと上手くいかない事が多い。

 日本でも長年野党だった政党が、与党になって実務能力ゼロだった……というのは別に実力不足というだけじゃない。ただ単に、世界の中の日本を俯瞰で眺める癖を付けて、その上でどのような政策を優先するかというのを判断しなければいけない。その癖を付けるにはどんなに速くても数年はかかる。日本のように与党がポンポン変更しない国は、野党が育たないのだ。


「これまで国政を担ってこなかった貴族が、その舞台に上がれる……と勘違いし始めたと」


「はい~正直、元辺境伯様が生きていらっしゃれば~中立派が台頭してもう少し状況は良くなかったと思うのですが~」


 まあ、うん、亡くなってしまったからな……。


「つまり、結論としては、女王陛下は中立派の……唯一まともな貴族を側近にしてなんとか孤軍奮闘しているのだが……どうにも上手くいってないと」


「はい~」


「正直、名前を覚えるのも面倒くさいくらい、女王陛下の縁故である貴族家が「自分たちを引き上げろ」と毎日の執務、将来的な業務にも口を出してくる始末らしいです。この国、終わってます」


 そういうヤツは、国が滅んだ時に「自分たちのせいではない」と言うんだろうな。


「女王陛下には、国を治めさせた手前、手は貸したいと思ってるんだけどさ……さすがに、それだけダメダメな者達しかいないとなぁ……手綱を付けられるかがなぁ~」


「そうですね。陛下は自分で何かする必要は無いと思うんですが、どれだけ部下をまとめられるか……は大事な能力です」


 そうなんだよなぁ。国は一人で治められるものじゃない。特にこの国は多くの貴族によって成立している。役人は全て、役職を持つ貴族からの指示で働く、動くことが多い。

 これはその上役になる貴族の能力次第で、その役職分野の施政効果が大きく変動する事になる。


「帝国は……それほどですか?」


「ああ。皇帝陛下と、「腹黒」宰相、そしてその側近にも直接対面して会話してきた。あれでその下に十二神将だったかな。多数の将軍がいて、宰相の下には自分が引き上げた実力主義の官僚団が構築されているらしい。怖いのは、支配した国からも、優秀な者はその官僚団に組み込まれてるってさ」


「既に、侵略からの支配ルーティンが構築されていると。まあそうでないと、素早い領土拡大は難しいですからね」


 帝国は……小国らしいが、ここ数年、毎年数国を支配下に納めている。


「正直、このままだと東の端であるこの城砦都市が帝国の支配下になるのも時間の問題な気がするんだよな……」


「そうですね~そういうお話を聴いてしまうと~」


「魔族と帝国の戦闘が激化しないのなら……十年程度で実現可能でしょうね」


「各国で行っていた裏工作がさ……多分、そろそろバタバタと実を結ぶと思うんだよな。なので、多分、三年……いや、二年かからないかもしれない」


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