504:足伸ばす、手伸ばす
いつもの……見慣れた扉を前に。鉄の輪っか、ドアノッカーってヤツをゴンゴンと響かせる。
扉からちょっと離れる。覗き窓から俺が見えるハズだ。
「御主人様!」
真っ先に飛び出すように出てきて、抱きついて来たのは森下だった。
「お仕えする者として、はしたないですよ?」
松戸もすぐ後ろに立っている。速いね、それにしても。
「ああ。何よりも身体中が埃っぽいし、服も細かく汚れている。とりあえず、話しも何も、全ては風呂に入ってからだ」
「はい。森下」
「はーい」
その辺はわきまえているのか、森下はあっさりと離れた。
中に入ると、他に二人……。
「お帰りなさいませ!」
眠い目を擦りながら、でも、元気いっぱいでマイアが頭を下げた。
そして。もう一人。アーリィが……少々涙ぐみながらこちらも頭を下げた。
二人とも寝衣だ。というか……あれ? なんで松戸、森下はユニフォームであるメイド服なんだろうか。寝てた……んじゃないの? それって寝衣を兼ねてるの? 常に着てるの?
「森下。御主人様はお疲れですし、埃も落としたいと思っておいででしょう。まずは浴室へ」
おお! さすが松戸。温泉マニア。旅疲れした俺の現状を凄まじく理解してくれてる。
「ああ。そうだな。まずは風呂だ。温泉だ」
「畏まりました」
こういうときに源泉掛け流しで適温をキープ出来ている温泉があるっていうのは凄まじくステキだな……自宅とか別宅とかに、この状態っていうのは……超大金持ちの別荘レベルだもんな。
松戸に言われたからじゃないが、実際に、俺の身体はどこかゴワゴワしている。砂漠だからな……。飛んでいる最中に風の魔術を使ったことで、なんとなく身体から砂は落としたんだけど……それでも取れない超精細な粉のような砂は落ちていない……気がする。
まあ、なんていうか、砂漠の空を飛んだ結果として……喉の奥にざらつきが残っているのだ。
(高度を上げてしまえば澄んでる感じなんだけどな……砂漠が見える……あれは1000~2000メートル程度かな。それが残るんだよな)
(そうなのか。なんていうか、そういうのを……肌感覚というのだろうか?)
(……言葉の意味としてはちょっと違う気がするんだが、そういうことかな。肌が……水分を欲している様な)
(砂漠の乾燥に比べて、カンパルラは湿気が凄いな)
そうだな。なんていうか、乾燥って言葉とはほど遠い。南の国の……熱帯、気温の高い地域ではないにも関わらず、シダ系の植物とかジャングル系の樹木なども多く、どことなく湿っている。
日本……に近いのかな。日本の気候をもう少しメリハリを付けた感じだろうか? 日中の乾燥と、夜の湿気……というか。
まあ、生きていくにはバランスが良いのかもしれない。少なくとも日本出身の俺は、カンパルラは生活しやすい。初めて訪れた人里だから……と思っていたんだけれど、実は安住の地として自分の身体にフィットしていたらしい。
「ふうううううううーーーーーー」
口から……音が漏れる。出ちゃうよね。どうしても。
(残念なのは、こうして温泉に入る気持ちが、どうしても共感出来ない所だな)
ショゴスは、魔力に関する体感などは尽く感知出来るのだけれど、温泉に関してはどうしても情報を分析しきれないらしい。
(話しを聞くに、実際に自分の身体があって、それで初めて感じることが出来る感覚だからだと思うけど)
(そうなんだが……それ以外の感覚……それこそ、恐怖や喜びなんていう曖昧な感情も、ある程度理解出来るのに……なぜ、温泉だけ……)
(まあでも、回復していることによる、じんわりと染みこんでくる波動は感じられるんだろ?)
(それは判る。というか、ここの温泉は魔力……神力と言ったか。龍脈なんて単語も出てたらしいからな。それで身体が回復していくことの快感は理解出来るのだ。だが、なんていうか、精神的な何かが流され落ちていくっぽい感覚がな……)
(それはもう、自分の肌で感じないとどうにもならないんじゃないか? 細かすぎだし、普通そこに拘らないと思うし)
(そうだろうな……)
ショゴスと無駄な会話をしながら、温泉にゆっくり浸かる。
何かが流れ落ちて……さらに、何かが入って来る気がする。こういう回復はもの凄く大事だと思う。そう簡単に手に入るものじゃない。
温泉から出て、自室に戻ると、軽食……小さめなバゲッドの様なパンに具を挟んだサンドイッチ的な、こちらの世界では良くあるタイプの調理パンとコーヒーが用意されていた。
うまい。なんていうか、もう、パンも旨いんだが、挟んである具材のバランスが凄まじく相性が良い。肉系のヤツは当然として、卵サンドも、細かく刻まれたピクルスの様な具と、コリコリした具、さらに塩コショウが絶妙なんだよな。というか、マイアは又さらに……腕を上げた気がする。素晴らしい。
「すまん……細かいことは……睡眠後でもいいだろうか? 温泉に入ったらもう、体力が尽きかけてる……」
正直眠い。ヤバいくらい眠い。
「問題ありません。みんな心配しておりましたから……そうですね。体力が戻り次第、可愛がっていただければ」
松戸が代表で俺の部屋に来ているが、多分、四人ともまだ起きているのだろ。既に夜遅いのに。
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