487:魔術契約

「ああ、ラハルがそう言うならそれでいい」


「あの遺跡に残されているモノは帝国錬金術研究所の所員も持て余していると聞きましたが……」


 え? バディアルさん、そうなの? ……ってまあ、いいか。壊れてても何かの参考には確実になるはずだし。


「それよりも。特製ポーションの魔力が同質っていうのは……どういうことだ?」


 皇帝陛下的には、遺跡の遺物、朽ち果てたような古の魔道具なんて、どうでもいいらしい。そんなことよりも、特製ポーションか。いや、俺の正体か。


「特製ポーションから感じる魔力と、サノブ殿から感じる魔力が同質ということで。つまり、特製ポーションの作成に彼が関わっているのは確実であり……サノブ殿が作ったのかもしれない。ということです」


「つまり。そうなると、サノブは錬金術士でもあるので、お前が大事にしている古代遺跡で見つかった魔道具が欲しいに違いない……ということで提案したという感じか?」


 さすがお兄ちゃん。「腹黒」が賢い故に省いてしまう、多くの言わなくてはいけないことをキチンと整理して確認している。そうだよね。言葉足りないよ。この人。


(ある意味、賢すぎる者が側にいると、そういう事が出来る、いや、しなければいけない日常になるのかもしれないぞ?)


 大変だな……お兄ちゃん。陛下なのに。


「サノブ殿。では……」


「了解しました。今すぐ帰る……のは中止としますし……ああ、今後も私の事はノラムでお願いします」


 マスクしたままだしな。


「判った。契約成立で良いな。ラハル。先ほどの内容で、魔術契約してしまえ。後で嘘だと言われても困る」


「はい」


 宰相が復元したという魔術紙。これは数が少ないが、各国で使われ始めている。現状ではもの凄く大切な契約で使用される……ってディーベルス様か、ドノバン様から聞いた気がするが、帝国では普段使いで使用されるのか。って、開発者だからだろうな。


 宰相はどこから出したのか、万年筆っぽいペンでさらさらと、魔術契約書を作成していく。


「ああ。ついでに、この魔術紙も毎月二十枚もらいましょうか。それも契約に加えておいてください」


「判った」


 陛下の了解の言葉と共に、宰相の手元が動いて、契約が追加された。


「ではここに署名を」


 契約を読む。うん。契約内容……「帝国と魔族との戦闘への参戦。現在から七日間。その時点で決着が着いていない場合は再契約」。報酬は先ほどの通り。


「これは、それを反故にした場合の罰則は?」


「魔術契約した場合、その契約を破ることが出来ない」


「罰則の設定も出来るのですが、複雑なモノにすればするほど、契約時の魔力消費が激しくなります。魔力の少ない者はそれで命を落としかねません。なので通常、魔石を使用するのですが、契約内容の罰を設定した時点でかなりの大きさの魔石か、小さい魔石であれば複数個必要になってしまいます。なので、通常は設定しません」


 これ、書式とかそういうの次第でイロイロと変わりそうだな……。まあでも、このアイテムは復刻しただけなので、宰相自身もいまいち詳細は掴み切れていない様だ。


「つまり、契約が守られなかった場合、報酬が支払われないだけ?」


「はい。さらに、契約中に署名した者が死亡した場合は契約自体が消失します」


 うーん。なんていうか、契約というか、縛り……いや、呪いか。今回の契約は参戦。つまり、戦闘に参加すれば問題無い。


「これ、戦えばいいだけなんですかね? 指揮下に入るわけではなく?」


「一般的な傭兵の契約は「参戦」のみです。「指揮下」や「命令」を加えてしまうと 命令が強化されてしまうので、魔力消費が激しいですし、何よりも、契約者があまりに不利になりますから」


 ああ、そうか、指揮下……に入れてしまえば、 最前線に配置することも出来てしまうか。んで、戦わせておいて……そのまま見殺しにしてしまえば、報酬も発生しないと。


「ああ、大丈夫ですよ。この「参戦」の場合、自分の意志で撤退も可能ですから。とにかく、最低限、一回は戦う必要があるだけです」


「逆に、契約者……この場合は俺に、有利な気もするんだが」


「そうですね……通常の傭兵、傭兵団との契約であれば、その後の評判などを気にして真面目に戦働きするものですが。契約する側にとって敵前逃亡、命令違反があったとしても、不利な状況での裏切りがないだけで安心出来るので」


 ああ、そういう……そういえば社会的なモラルが何も無しな世界での契約だった。まあなぁ。表向きは契約社会と言える向こうの世界だって、国単位でちゃぶ台返しされたら、契約書なんてあって無きが如しだもんな。


「つまりは、弱者救済のためのシステムだと?」


「ええ。どちらかといえば。そうですね。魔術契約を行う……権力者は、それだけで誠実な者として名が売れたりもします。まあ、本当の所は、複雑な契約にするには魔力が必要になるだけなのですが」


 うんうん……結構難しいね。まあでも、今回の場合はそんな難しいものじゃない。敢えて簡単にしてくれたんだろうし。


 対価……俺が報酬として貰える魔道具も、いまいち使えないって感じで放置されているらしいから、価値なんて大した事無いだろうし。あるとしたらこの魔術紙を毎月よこせってとこくらいか。


「ああ、そうか。魔術紙は合計三年分で良いでしょうか? このままだと契約年数が無限になって、契約時に必要な魔力がトンデモナイことになりますから」


「了解した」


 二十枚×12カ月×三年分。720枚か。ちょっとふっかけすぎた気もするけど……まあ、いいか。これは「もしも古代遺跡に俺が調べても本当にガラクタしか無かった場合」の保険だからな。


 両者合意の上、署名を行う。


 契約は成立した。

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