474:御依頼の件
「いや……それは……それでは……」
「既に親征軍は帝都を出立しているのですよね?」
宰相の目線が動く。
「はい。昨日の朝方、御出陣されました」
クルセルさんが答えた。ああ、そうか。寝てたんだったか。彼。
「兵の集結予定地点は?」
「……」
宰相? まあ、言い辛いよな……。国家機密だろうし。
「帝国騎士団……今回の魔族の侵攻に対応出来る兵力の約半分は、西のバーディフィシン要塞に集結し、既に作戦展開を開始しているハズです」
「……クルセル」
「ラハル様。この館にこの方をお招きした時点で、我々には御協力をお願いするしか、ないのです。リドル様を……お救いしたいのではないのですか?」
「そ、そうだが」
「ああ、相変わらず、武でも魔でも……直接戦闘に関してはとことん疎いままですねぇ。ノラム様が……今この場で本気になられたら、私達は即粉微塵ですよ? 貴方は帝国一賢くあられるのに。なぜこんな簡単な足元にお気付きになられませんか」
宰相の目が見開く。
「暗器使いとして帝国に叶う者なしと恐れられている……クルセル姉がいても、か?」
パン
手に持っていたお盆……で頭を叩かれる宰相。っていうかそんな古典的なツッコミを。っていうか、帝国一か。うん。まあね……森下の上位機種な気がしてるもんな。武の形……気力っぽいのがスゴく似てる。
「姉はやめなさいと何度も言いましたよ? ノラム様。我が主人は賢すぎるが故に、どうしても、宰相としての形を崩せぬ様です。もう少し柔軟に……と教えてきたつもりなのですが。なので、私個人から使命依頼をお願いさせていただきます。どうか。どうか。リドル様の命をお救い願いませんでしょうか?」
「それはラハル様のお兄様の……皇帝陛下の命……ということでよろしいですか?」
「はい。お願い致します。この方は……どうしても、貴族としての立場が大きすぎて……私欲を口に出す事が難しい様ですから」
宰相が……下を向く。まるで怒られた、すねた子供の様な感じだ。そういう仲なのだろう。
「了解しました。では。戦場である西へ向かいます」
「はい。ノラム様であれば。天上様を連れ帰ることくらい……簡単に為されそうです」
このメイドさんは……とにかく、うちの二人によく似てる。なんだ。魂の姉妹ってヤツか? ソウルメイトだっけ? 森下だけじゃなくて松戸を合わせて混ぜた感じというか。
「それはどうでしょうか? 状況によりますので確約は出来かねますが……ですが、最大限の努力はいたしましょう」
「はい。それで構いません。よろしくお願い致します」
「では。皇帝陛下は現在どの辺を移動中で? 地図とそのおおよその位置がわかれば」
「……ああ。それは……そうだな。私が説明しよう。兄上……いや陛下は転移魔術円陣を使って、既にバーディフィシン要塞に入られている」
「転移魔術円陣?」
「古代魔道具です。遺跡で発見された物を私が修復した……。対応する魔術紋様の描かれた円陣へ瞬時に移動出来るのですが」
おう……それはスゴいな。完全に転移門ってヤツじゃないか。ソレを実用化したのか。
「実働するには魔石から専用の魔力を抽出しなければならないのですが、その消費量も激しく。今回……ここ数年かけて貯めてあったものを使い切ってしまいました。なので、現在は使用不可能です」
「ああ、つまり、その魔道具で追いかけることは出来ないと」
「そうなります……」
「どうにかなりますでしょうか?」
無茶言うね。
「ではすぐに……参りましょう。既に戦端が開かれていたとしたら、さすがにこの場に居てお助けすることは不可能ですから」
クルセルさんがテーブルに、帝国の……地図を広げた。
おお。もの凄く精巧だな。俺が……ここに来る際にもらったドノバン様の手書きか? ってレベルの地図に比べれば雲泥の差だ。
「要塞は帝都から……大きく西、そして少々南に下った辺りです。馬車で二十日程度の距離となります」
「特急便で?」
「いえ。通常の馬車で、となります」
帝都から約8000㎞……って帝国広いなー。多少迷うだろうから……俺の時速が500㎞程度だとして16時間か。
「戦端が開かれたとの連絡は?」
「既に砂漠での遭遇戦は数回、発生しております。それらは全て撤退し、砂漠に面した要塞で待ち受ける作戦となっております。敵本体であろう軍勢は広域に展開しており、囮を使って若干収束させることが精いっぱいでした。連絡器の定時連絡によれば、あと半日後には本格的な戦いに突入するとのことで」
おうおう。スゲーな。このスーパーメイドは作戦詳細まで把握してるワケか。って。でも、天才宰相の側近なんだとしたら。……使用人が今この場に一人しかいない時点で、単独で全てを処理出来る能力があるってことだもんな。
「では。畏まりました。今から最前線に向かいましょう。連絡等は向こうについてからで」
「わた、私は……その……ノラム殿。兄上を……頼む」
「出来る限り」
商人の護衛、傭兵としては最大限に丁寧な御辞儀をして、早々に屋敷を飛び出した。
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