469:兄弟③

 そもそも、本人達はさりげなく行っている……と思っていた、リドルの「ラハルが賢いのを広める作戦」は、本人達が考えていたよりも、凄まじい効果を上げていた。


 当時のシディン領の財政回復は、奇跡とまで言われている。


 病弱を理由にラハルが表舞台から去る、引きこもる前から、後の天才宰相が直接指揮を執って、領地運営を行っていたのだ。それは当然の結果だろう。


 既に、シディン領は凄まじい勢いで発展を遂げており、リドルの手腕が評価されて……というよりは、作戦が効を奏しすぎて、全てはラハルがスゴイ……となりかけていたのだ。


 偶然とはいえ事故に遭い、公的に自らの地位を抹消しなければ、近々で様々な横槍が入っていたのは明らかな状況だった。


 そのため、兄弟は……大慌てで。弟の計画立案により、しばらく大人しくして、身を隠す、少なくとも、弟はその存在を消す……ということになったのだ。


「私は……将来、表舞台に立てる事はありません。この足では軍を陣頭指揮することは不可能ですし、領地経営に関しても……バディアル達以外で、私を「人」として認めてくれる者は居ないでしょう。この国は……不完全な者に対して矜持を開くことが出来ないですから。それに……社交的な事は本当に嫌いですからね。兄上の影で一生本を読んで、物を作って生きて行ければありがたいのです」


「ラハル……ズルイぞ。私だって冒険者としてダンジョンを探索したい」


「あきらめてください」


「ず、ズルイぞ。ラハルばっかり」


「……あきらめてください」


 そんな兄弟の会話の後。ラハルは表舞台に出ず、完全に引きこもることが確定し。


 彼は幾つもの商会、さらに子飼いの低位貴族を隠れ蓑に暗躍し始める。


 まず、緋の月を使って、様々な形で「金策」を行った。最初は麦相場に始まり、次に油相場。塩相場。そこで稼いだ元手を利用して、幾つもの商会を買い取り、支配下に置く。


 大手と呼ばれる様な大商会は無かったものの、地方の弱小商会の多くを吸収合併し、薄利多売を基礎方針に国内にその手を広げていった。


 そして。そこでラハルは自分の天職である錬金術士の能力を使用して、様々な魔道具を作成し始める。


 足が動かなくなる前。幼い頃から帝城等の倉庫や物置が遊び場であったラハルは使われなくなった倉庫から、多くの壊れて放置された古の魔道具を発見し、それに興味を示す。


 当時も今も、天職名を確認する方法は存在しない。だが、自らの天職に気付くのは、大抵、その天職に相応しい行動を行った場合であるのは間違い無い。

 ラハルは、魔道具を手に持ち考察しようと思うだけで、その使用方法や構造が予測できた。


 錬金術士は帝国でも、失われた天職と言われている。


 前述の様に天職が失われていく過程というのは、その天職の持つ様々な要素に触れることが少なくなる事が原因となる。そのため、稀少な天職から消失していったのだ。


 古来、貴族などの富裕層を中心に広まっていた魔道具。それに人々が触れることが少ないのは当然だった。


 錬金術士は大きく二種類に分類される。


 ポーション等の薬を作成する、出来る者と、魔道具の修復、作成が得意な者である。


 本来はどちらも行える者を、錬金術士と呼ぶのだが、数が少なくなっていくに従って、得意なジャンルだけでも……と特化していったのだ。


 ラハルは、大病を患い、大怪我を負った事で、ポーションを使用することが非常に多かった。当然……使用されたのは通常のポーション。高価である上に非常に不味い、あのポーションである。

 幼かったラハルは当然、それを拒絶した。が。どうしても治療で必要であったために、文字通り泣きながら、毎日服用させられていたのだ。

 そのトラウマは非常に根が深く、彼が「自分はもしかしたら錬金術士ではないか?」と思い始めてからも、ポーションを研究しようと思ったり、作成出来るのでは? と思う事は無かった。


 その酷い味をどうにか飲めるように研究しようとか、思えないくらいだったのかもしれない。実際に、現時点まで彼は「一度も」ポーションの作成を試みたことは無かった。


 様々な金策を行い、物流を利用した商売も軌道に乗り始めた頃。多少とはいえ自分の時間が取れるようになったラハルは、なんとなく出来ると思った魔道具の修復を行い始めた。


 それが「出来る」となると、金策に成功し、生活に余裕があるだけに、ラハルの錬金術、魔道具に対する興味は凄まじい勢いで加速した。

 既に朽ちて使えなくなった、動かなくなった魔道具は帝国中の富裕層やその屋敷などの倉庫にゴロゴロと転がっている。それを尽く買い取って、修繕する……を繰り返したのだ。


 最初に作成したのは、魔力反応器だった。


 触れた者の罪に反応し、赤く点滅する「裁きの水晶」を参考して作られたこの魔道具。「裁きの水晶」はほぼ全ての都市城門に配備されている事から判る様に、昔から数多く使用されているし、遺跡やダンジョンで発見されることも多い。


 別にそれを作ろうと狙っていたワケでは無い。普及している、数が多いせいでラハル的にも、いじくり回すことが安易だったのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る