468:兄弟②

 そもそも、現在では宰相の懐刀として大陸中で活躍している、裏の者達、「緋の月」。この組織に所属する者達は、幼少時のリドルが、父である前皇帝に献策を奏上し、その褒美として与えられたとある領地がキッカケとなって、二人に仕えることになった。

 

 確かに、その献策は幼いラハルが、リドルに煽てられてついつい口走った思い付きの様なものだった。

 痩せ細り、収穫の見込めない土地というのは、帝国の主食である麦の生産がままならないというだけであって、他に、似たような土地、土を持つ領地を探してそこで収穫できている作物を持ち込んで、根付いた物を作れば良い……というような、ある意味簡単な提案だ。


 だが、それをさりげなく、当時の皇帝の耳に届かせ、当時、領地についてまとめていた役人を訪ねて、似たような領地を探し、さらにその特産物を調べ……と実働したのはリドルだった。


 その献策は実を結び、リドルは、皇帝の戯れの様な流れで褒美……自らの領地を手に入れた。


 そこに……まだ幼かったリドルの深謀があることに誰も気付かなかった。


 それにこの当時、気付いたのは……その領をリドルが治めることになって、寂れた都市を訪れた際に出会った、緋の月の首領、バディアルくらいであった。

 つまりは。ラハルと違い、リドルはその側にいて、実際に仕えなければ、その異常性に気付ける者はほとんど居なかったということになる。


 バディアルの一族……いや、その荒廃した、価値のない領地であるシディン領に暮らす者達の多くは、長年、金で臨時雇いの裏の仕事を請け負うことで生計を立てていた。


 四方を大きな領地、さらに街道と大きな都市に囲まれた山岳地帯、高地にあったシディン領は、険しい道中という現実を見なければ……地図上であれば相互の距離は非常に近く、その手の伝手だけは豊富だったのだ。


 リドルはラハルに聞いたアドバイス通りに、その寂れた領地に新たな街道を敷設し、高地で栽培出来る様々な野菜、穀物栽培を普及させ、さらに、魔物の血を引くシディン牛、豚の畜産も指示する。


 献策の通り、痩せた土地で、他の領と同じ様に麦を作ることは難しいのは判っていた。なので、他領で似たような環境にある土地を探し、そこで栽培されている作物を栽培したのだ。当時はそんな簡単なことが出来ていなかった。


 シディン領は古の領土争いの結果、いつの間にか皇帝の直轄領となった「まま」になっていた。そのため、この地は代々役人が治めており、生活を大きく切り替える……という決断を行う者が居なかったのだ。


 リドルとラハルは、リドルの希望により、そのシディン領で生活を行うことになる。


 それにも理由が存在する。リドルとラハルの母は、エルフの血を引く一族の出身だった。


 帝国ではエルフの血は長寿に繋がり、さらに魔術を使える可能性がある……と希少価値が高い。特に貴族の中にはエルフ狩りを行い、無理矢理その血を一族に加えるような乱暴狼藉も行われてきた歴史がある。


 そのため、現在ではエルフは主に森の奥深くで隠れて暮らしていることが多く、人族を敵視している場合も多い。


 前皇帝は遺跡探索を行った際にエルフの村を発見し、立ち寄った。そこで母を見初めて、後宮に連れ帰ったのだ。

 決して無理矢理では無かったという。それは、母が父について語り聞かせてくれた、数多くの、のろけ話から、兄弟はイヤでも理解していた。

 

 だが。そんなエルフの血を引く兄弟には、当然……帝国貴族や一族の後ろ盾は一切存在しなかった。そのため、母が病で亡くなった時点で、幼い兄弟は自立し、自分たちを支える土台を創り出す必要があったのだ。


 リドルは十歳となり、帝都にある帝国学校に通うことになった。そのため、単身、帝都で寮生活を開始した。当時七歳だったラハルは、シディン領に留め置かれ、実際には「領政」を行っていた。


 その夏のある日、雷による火災が発生。シディン領の領都の半分が燃え落ちるという大災害が発生する。

 その際に、領主館も半壊し、そこで暮らしていたラハルは重傷を負う。

 ポーション等での治療によって瀕死状態から奇跡の回復となったが、熱病の後遺症で悪くしていた右足は、その治療の経過と成長による不運が重なり、歩くには杖をつく必要のある生活を強いられることになった。


 その結果、ラハルは病弱という看板を掲げることで様々な公務から逃れ、表舞台から姿を消す。それこそ、貴族社会では、座敷牢での幽閉生活、蟄居等……の様に思われていた。


 真実は……リドルの庇護の元、シディン領の領主館に自ら引きこもったのだが。

 その際に帝位継承権も早々に辞退し、当時決まっていた婚約なども全て白紙に戻した。


 全ては……どう見てもどう考えても、あまり良い結果ではない。


 なのだが。


 結果論としてだが、ラハルが貴族社会から姿を消し、存在を隠したのは、現在では非常に運が良かった……と言われている。それが無ければ、出る杭は打たれるの言葉通り、兄弟は貴族社会に打たれ、幼少時代に砕けていた可能性が高い。


 リドルの深謀とラハルの知恵……それ以外にも存在する兄弟の優れた能力が、その相乗効果によって、凄まじい社会変革力が発生させようとは誰も想像出来なかったのだ。



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