466:昏倒

「では。どうせなら私は。宰相としての貴方ではなく、ラハル・ハーレイという人、個人と会話がしたいのですが。個人との対話とは、その相手と友誼を結ぶということになります。そのためにまずは、現状最大の懸念である……ギリギリの案件をお聞きしましょうか」


「……私は……ハーレイです。偉大なる皇帝の血に列なる者である以上、個人……という考え方は存在しません。してはいけないのです。全ては帝国の民と共にあるのですから」


「ええ。それは判っています。貴方が……いま現在、それを常に考えていることも。だが。だからこそ……間に合わなくなっても知らんぞ?」


 若干力を入れる……このセリフ、言う瞬間ってあるんだ。なんか感動だな。


ビクッ! 


 いきなりの強い物言いに、ビビったわけではないだろうが……身体が反応したようだ。図星って所だろうか。


「私は……兄さんを助けたい……。私はっ!」


 あ。いきなり……クタッと……美形が自らの激情に身体が耐えられなかったのか……力が抜けた様に、机に突っ伏した。


「ラハル様!」


 どこで見ていたのか。凄まじいスピードでクルセルさんが、宰相を支えた。凄まじいな。森下の超高速移動に匹敵するだろ。今の速さ。


 正直、松戸も森下も戦闘能力やタイプは似たような感じ……高速で動き、近接攻撃で仕留める……のが元になっている。まあ、裸、素手で敵と戦わされていたらしいからね。基本。必然的に古典的な格闘家……といった感じになったのだろう。

 まあ、それに護衛をする際の銃器の扱いや、緊急時に何かあった時用に各種武器の扱いも学ばされたそうだ。


 そんな基礎を踏まえて、こちらの世界に移動してから。松戸は臭いが……とにかくダメなようで、鞭を使った中距離間合いでの戦闘を中心に行うようになった。

 で。臭いに松戸よりは耐性のあった森下は、ぶっ叩く系の両手剣が気に入ったらしい。さらに松戸との共闘も考えて近接戦闘が中心となる。まあ、そこで大切になるのが歩法=ステップワークである。


 敵に仕掛ける際にはとにかく、「出入り」が大切となる。一歩目の踏み込み、そして、詰め、さらに、素早い離脱。それを森下は、自分の武器とするべく磨きをかけたようだ。


 どういう仕組みになっているのか判らないが、今の森下は既に、魔術士である俺の反射神経等、全く付いていけない速度で行動している。【気配】や【魔力感知】等を使用していても、自分の処理速度が追いつかなければ、それが攻撃だと気付けない。

 俺が常時【結界】「正式」を使用しているのも、もしも森下に攻撃されたら……と想定しての事だ。


 その森下の戦闘時の歩法は……既に、瞬歩、瞬足、さらに、縮地……と呼んでもおかしく無いだろう。彼女達を仕込んだ牧野文雄……の使った「瞬間移動」とはまた違う感じなので、多分、独自で開発したのだろう。


 そんな森下の移動速度と、余り変わらないスピードで、クルセルさんが宰相を支え……そのまま抱えて四阿から連れ出し、庭から屋敷の中へ入っていった。


 ああ。お茶が上手い。紅茶……なのかな? いつの間にか入れてくれてあった炒茶を口にする。ああ。高級品の味がする。


「ノラム様……申し訳ありません。周辺事情を……私が説明させていただいてもよろしいでしょうか?


「ええ。構いませんよ? 宰相閣下は……」


「はい。体調がよろしくございません。多分、今回は……数十分程度で目は覚まされると思いますが」


 焦ってるだけじゃなく体調も悪かったわけね。これまた、あっという間に戻ってきたクルセルさんが……四阿の入口の脇に立ち……話始めた。


「ラハル様は……術によって強制的に眠らされて、やっと意識を取り戻したと思ったら、凄まじく厄介な事になっていると報告を受けて……とにかく手の届く……ノラム様の件に着手為されて、せめて会談だけでもキチンと処理したかった……のだと思います。ですが意識が活性化したと同時に、薬も効いてきてしまった様で……」


「んー。その辺の事情もお話いただけますかね? であれば」


「はい。ラハル様も……お話しするつもりだった様ですし。私が全てを存じているわけではございませんので、後で二度手間になる可能性もありますが」


「それが構いませんよ」


「はい。ありがとうございます。とりあえず、前提をお伝えします。ラハル様が優秀な「宰相」である事はお判り頂けたと思います。が。ここ二カ月ほど……満足な睡眠時間が確保出来ないくらい激務をこなしておられました」


「魔族の侵攻によって?」


「はい。魔族の軍が侵攻を開始し、最果ての砂漠の向こうの大壁……ああ。魔族はアレを無限大障壁と呼んでいましたね。あの壁の周辺に存在したオアシス小国家群を襲撃し、実効支配を開始したとの情報が入ってきたのが、今から約二カ月前となります」


「つまり、そこから寝てなかった……と」


「元々、ラハル様は片足が動かなくなった際の大怪我を負い、その頃より病気がちで、体が丈夫とは言えません。そこにきて、予想よりも遥かに早い魔族の侵攻開始に、急遽対応することが非常に多岐に渡り。我々がいくら手伝っていたとはいえ、自ら作戦立案し、指示をしなければいけない事が山積みで。我々では止めることは叶わず。どうしても言われてしまうと、それをたしなめることも難しく……」


「まあ、それは……そうでしょう……。史上最大の危機……と言うわけですからね」


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