456:内緒の魔道具

……ビクッ! 


 っと。もの凄い反応をされた。


(それはそうだろう? いきなりそんな黒いマスクをした人間が現れれば、ビクつくに決まってる。万里だったら絶叫悲鳴モノだ)


 それはそうか。当然なんだけど、暗いしな。この都市の建物の中。夜なのもあるけどさ。

 

「騒ぐな。話しをしようか」


 指を……拳銃っぽい形にして、突き出す。


 料理人は頷く。


「この店に他に従業員は?」


 ワンオペのハズだ。宿にチェックインした時に居た店員はとっくの昔に帰宅? していなくなっている。


「こ、この時間になれば、お、俺だけ……だ。片付けをして……この奥に……俺の部屋がある」


 ああ、住み込みってことね。


「俺の雇い主はサノブ……と言う」


「あ、ああ。うちに泊まっている行商人の……」


「そうそう。それな。緋の月としてはどう対応する?」


「ぐっ! い、いや……」


 いつの間にか近づいて。胸を指先で押す。


「下手な隠し方をしたら……後悔することになるぞ?」


 顔色が……悪くなる。


「お、俺は……所詮、下っ端……なんだ。普段はこの宿に上の人間がいるんだが。今は……」


「帝国に帰還していると」


「あ、ああ。そうだ。ぐ、グランドドラゴンの……」


(ショゴス、周辺チェック)


(問題無い。会話が聞こえる様な場所に誰も居ないし、稼働している魔道具も無い)


 さすが。


「それはもういい。魔族の軍勢が迫っているのだろう? お前達のボスに会談を申し込む。拒否されるのであれば、それは、今後も敵対を続ける……ということになる。まあ、うちの雇い主的に正直どちらでもいいそうだ」


「なっ!」


「判ったら……連絡を取れ。奥の魔道具でできるんだろう?」


「!」


 お。勘だったけど、大当たりだな。まあ、そうだよなぁ。無線機とか通信機はあるよな。機械じゃなくて魔道具で。


「……死んでも守れと言われているか」


「お、おれじゃ……は、判断が……なに、も」


 ん? ああ、こいつ……髭ぼうぼうなのと、暗くて良く判らなかったけど、かなり若いのか。まあ、仕方ないか。


「では、すぐに連絡をして結果を報告しろ」


 料理人が頷く。そして、厨房の奥へ向かった。


(慌てて……行動、操作しているな。可哀想に)


(そうか)


(ん? 不機嫌だな)


(……俺は指をこう……して、アイツに向けていただけだ。にも関わらず、組織の末端の人間までが、俺を魔術士として認識し、ここから発せられるかもしれない術を恐れた……)


(ああ。それはそうだろう?)


(ローレシア王国で同じ事をしたら。どうなる?)


(ああ、そうか……そうだな。笑って馬鹿にしてくるやもしれんな)


(これが帝国と王国の大きな差だ。こっちの国では魔術士がごく普通に、脅威であると理解されている。それはそれだけ、魔術士が多いということに他ならない。魔術を使用するだけで驚かれる国とはシステムが違う。魔族に襲われてある程度広まったかもしれないが……それはヤツラと対峙し、戦った者達だけだ)


(うむ。そうか……そうだな)


(しかも……魔道具も通信機なんていう軍事的にも重要なアイテムが実用化されている。他にも優れた魔道具を使用しているハズだ)


 まあ、ソレは予想していた通りだ。それくらいしていてくれないと、こっちが空回りしてたってことになってしまう。


(問題は。そこまで整っている……ちゃんとしている帝国が……慌てて、さらに、全戦力を集中させなければならないという事実だ)


(なるほど。西から攻めて来た魔族……合衆国だったか? の軍はそこまで強い……と)


 そうなる。これは……正直、帝国も厄介だが、想定内だ。別に脅威は脅威だけど、どうにか出来ないほどでは無い。


 だが「こっち」の魔族は、東から攻めて来たハーシャリス閥軍……と違って、アムネア魔導帝国と違って、侮れない……のだ。


(ここまで魔術士に対する常識レベルの高い国が、魔術士主体の仮想敵軍を想定した戦闘訓練をしていないとは思えない。まあ、国のトップが馬鹿……なら……「敵は魔術を使う事が出来ない、劣った者共だ」なんて感じで、敵に魔術士がいた場合の戦略、戦法を一切用意せずに戦い始める……なんてこともあるかもしれない)


 だが「腹黒」宰相にそれは無い。これまで戦ってきたからこそ、自信を持って言える。


(アイツは最も効率の良いやり方を選ぶからな)


ガサゴソ……と音を立てながら、料理人が奥から出てきた。


「そ、その……帝国へ……帝都にお越し願えないか……と、との事でありま、す!」


 何故敬語? とも思ったが、連絡先の上司だかに何か言われたか。


「判った。では、雇い主と共に伺おう。……どこを訪ねればいい?」


「あ、あの、ね、念のため、その、この、メダル……をおも、ちください」


 渡されたのは、貨幣と似たようなサイズの……メダル。か。月の紋様が描かれている。綺麗だ。手に取って見ると余計に良く判る。


「それを、提示すれば、帝国内のあらゆる門は通過、できる、ます。あとは……その……帝都に着いて貰えれば、お迎えに伺う……と」


「判った」


 すげーコインもらった気がするけど、まあ、いいか。アレだろ? これ、緋の月の証明みたいなもんだよな。


(金属加工のレベルも……帝国の方が高いのだな……)


 そうかもしれない。このメダルの装飾の細工は……一般的な貨幣の装飾よりもかなり細かい。

 まあ、こちらは一点物……職人が一枚一枚細工をしているのだから当然なんだろうけど。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る