443:アーリィの家

「……わ、わかった。ノラム……この度は本当に助かった。ここからは……辺境騎士団団長としてだ。聞くは無粋というのも心得ている。アーリィ……に聞いたが……魔族と共に、我が国のゴミも掃除してくれたこと……ありがたく思う」


「出来る限りは。ですが、まだまだ……国という大きな枠の中には確実に必要の無いゴミが隠されて山積されているものです。陛下はどれだけ多くのリドリスを……探し出せるかが国造りの第一歩となるでしょう」


「わ、判った……。肝に銘じよう……すまない」


 マシェリエル団長は……深く頭を下げた。女王になれば……多分、頭を下げるようなことは無くなってしまうだろう……と思ってなのか、とても深く長い時間……頭を下げていた。


 控えの間の高級な調度品のバランスと相まって、まるで一枚の絵の様だ。


(ああ、この人は……覚悟を決めたのだな……)


(美しい……というのはこういう事を言うのでは無いかと思う。大自然や美術品や……世界は様々な美しさを秘めていると思うのだが……)


(おお……そうだな。ショゴスは……なんていうか、そういう審美眼みたいな部分もちゃんと理解出来るのだな……すごいな)


(万里が教えてくれたからな)


 ショゴスはちょっと誇らしげに言った。


 この後、食事を……というお誘いを丁寧にお断りし(姫様の部下もマスクを付けた怪しい男が側をうろつくのはあまり良しとしなかったし。まあ、当然だよな)、誰にも見られること無く、王城を去った。


 アーリィに指定されたのは、貴族街のさほど大きく無い一軒家だった。門がしっかりと閉ざされていたためか、略奪や放火などの被害にも合わなかった様だ。


(というか、奥まった場所にあるからじゃないかな?)


(そういえば……大きな貴族屋敷の裏側なのか)


 ここは元々アーリィが、姫様の近衛隊長を命じられた際に下賜された物件らしい。騎士団宿舎などで寝泊まりしてたので、主に、倉庫として使用してたそうだ。


 まあ、王都の拠点として使用して欲しい的な事を言われていた場所だ。


「お帰りなさいませ~。サノブ様~」


 既に彼女は到着していた。普段から業者の手は入っていたそうなのだが、念のため自分で掃除をしていたらしい。

 二人きりになった途端に、それまでの親衛隊長的な建前が剥がれ落ちた様だ。


「いつの間にか長期の旅に出てしまわれたと言われて、もう、どうにもこうにもだったのですよ~」


 なんか……この口調は確かに懐かしい。


「ああ、すまなかった。どうしても……急がなければいけない用事があってね」


「……仕方有りません~。許しますから可愛がってくださいよ~」


 アーリィは背が大きいし、身体も戦士、騎士に相応しくがっしりしているが、色っぽさもバッチリ兼ね揃えている。


「だってどう考えても~しばらくは姫様の側にいなければならないと思うのですよねぇ~」


「ああ、そうだな。現状、アーリィよりも上手く……騎士団を率いれる者がいない様だし……」


「はい。みなさん亡くなってしまったようですし」


 アーリィはこの後、王国騎士団総長に就任することを、姫様から懇願されている。正直、これは逃れることが出来ないだろう。同時に、既に失われた公爵家の名を継ぐ手はずになるそうだ。


 それもこれも、今回、大領主と呼ばれる様な、爵位の高い貴族当主が軒並み殺されたことが大きい。現役でバリバリに働いていた者達が何十名も居なくなったのだ。

 国の機構の運営は……官僚や役人によって行われているため、そこまで空白期間が生まれる事は無い。

 だが、貴族派閥の運営等という、主義主張を加えた活動は……その時点でのトップを失うと停滞することになるのだ。

 姫様が大胆な手で子飼いの部下を自分の周りに配置することに反対出来る勢力が存在しないのだ。


 アーリィの場合は勝手に好色ジジイをあてがおうとしていた王妃が問題になっていたのだが、それも当然の様に死んでいる。


(それはなんていうか……国内の支配層がズタボロなのでは?)


(そうだな……)


「国内の特に高位貴族がズタボロなだけで~これまで権力から遠ざかっていたまともな貴族や~役人は健在ですしね~」


 そりゃそうだよな。王城で死んでいたのは、磔で四十程度。使用人やその他の者、合わせて約五百人程度だ。国家機関がその程度の人数で回るわけ無いしな。王様とか宰相とかいたけど。元辺境伯閣下もいたけど。


「それにしても~ハーシャリス閥軍の後続部隊が未だ現れて無くて良かったです~」


「怪しいよな……東」


「そうなのです~厳重警戒すべきなのですが~今はエルフ隊に任せるしかなくて~」


 現状では、アレ以来、後続の閥軍は、西側に到達していない。森の中を移動していれば、さすがにエルフ隊に見つかるハズだ。

 そもそも、前回の軍もエルフ隊が深淵の森を警戒していればもっと前から発見出来ていただろう。


「アーリィは……なんで、後続が出現しないと思ってる?」


「……何か事情があるのは確定なんですが~それを判っている者が捕虜に居なかったのですよねぇ」


「ああ……そういえば……今回の軍の指揮官に隷属の首輪付けてあるや」


「それは~素敵です~イロイロ聞けますかねぇ~」


「一緒に聞きに行こうか。多分、すんなり話してくれるハズだ」


「くすくす……仮面の人はもの凄く恐れられてますからねぇ~魔族の人達に~」


「そうかな~」


「そうです~」


 覆い被さる肉体の重さに……なんていうか、どこか安心したのは確かだ。

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