440:掌握

 この世界では、対人の戦争よりも、対魔物の戦いの方が頻繁に発生する。


 厚い皮の一枚、鉄一枚。それが命を守ることになる。


 なので特に城砦都市の外で活動する者達は、出来る限りの防具を身に纏うのが普通だ。例え商人だとしても、軽めの革の胸当て腹当てを装備することも多い。最低限、魔物の革でできた服は着ている。冒険者の服はなんの魔物か判らないが、革製だ。


 だが、魔族の軍は……全員、軍服……見た目通り「布の服」だ。焦げ茶色、濃い茶色の……一見革に見える制服は、どことなく鎧の様に縫製されている……気がする。が。実際は布製だ。


 正直、何か特殊な素材で出来ているとか、魔術付与されているものだと思っていたのだが、そんなことはないようだ。


 守備隊の支給品でこんなの配られたら、マジか? ってレベルなんだが。


 と、まあ、普通の服で乗り込んで来た魔族は、今回の戦争をそれくらいのもんだと思っていたということの証明なわけで。


(もしかしたら、とにかく避けて、魔術を打ち込むというのが当たり前の考え方なのかもしれないな……あの格好で、深淵の森を越えてきたのだから)


 ああ、そうか。そういう考え方も出来るのか。


(そうだな。舐めてる……ワケじゃ無くてヤツラの常識ではそういう考え方だ……という可能性も高いな)


 まあ、理由はどちらでも良いとしても。


 ここで魔族を殺して……殲滅してしまったら……何一つ残らない。兵糧も無く、鹵獲品となる鎧も無く、あるとしたら、さっきから「切り裂きの剣」で斬り落とされてしまっている陳腐な剣や、彼らの持っている片手杖、両手杖=魔杖くらいか。


 ちゅーか、魔杖なんて魔術士とか魔術を使う仕事をしている者にしか意味が無いからなぁ。こちらの国では一部の者を除いて趣向品でしかないんだよな……確か。武器屋で普通に売っているのを見たこと無いし。


 なんて考えながら、天幕をくぐる。既に……それを邪魔出来る様な敵はいない。ほぼほぼ、俺の後ろで呻きながら転がっている。


 目の前には大きめの木箱が積まれている。一つを……切り裂きの剣で切り開ける。


 黒い首輪。まあ。うん、隷属の首輪……だ。もの凄い数の首輪が詰まっていた。


(こりゃすげーな。)


(確かに。あまり見ない……な)


 よし。んじゃいってみようか。


「魔族」の隷属の首輪を使用するには、支配したい者が魔力を与えた状態で、この首輪を装備すると効果が発動する。


 ということで、ここにある首輪……全部に魔力を振りまく。これで発動……したはずだ。


「よし。えーっと」


 天幕から出て……比較的軽傷なヤツに一つ目の首輪を付ける。


「な、何を……」


「お前は……動ける者に隷属の首輪を付けて回れ。そして、付けた者にも同じ命令をして、手伝わせろ。終了したら俺の前に整列」


「……」


「返事は」


「は、はい……」


 よし。これで問題無いな。


(首輪を付けるのも、ヤツラ自身にやらせるのか。効率的だな。このやり方ならネズミ講の様に首輪付きの奴隷が増える)


 うむ。魔力で操作出来るタイプで良かった。こっちの国の隷属の首輪は血液が必要なヤツだったもんな。


 あっという間に……動ける魔族は全員、首輪を付けられ……俺の前に整列した。

 

 最初に首輪を付けた者が俺の側に近付く。


「命令、完遂しま……し、した」


「よし。では、傷を負っている者だけ、端に並べ」


 切り傷、打ち身、さらに腕が無くなっている者、深い傷を負っている者……その全てを特製ポーションで治療していく。まあ、腕が無くなっているヤツはそのままだ。


「よし。次は足を怪我して、失って動けない者に首輪を付けて、このポーションを振りかけて治せ」


 一斉に動く。……魔族製の隷属の首輪、奴隷に鋭敏な対応を求める感じなのかな……。素早く反応しないと、痛みが伝わるらしい。


 まあ、そう考えると、あそこで晒されている奴隷印の「指揮官君」が死力を尽くして叫んだ結果、全身から血を吹き出して気を失ったのも当然ってことか。


 とりあえず、足が弾け飛んでしまった者は……上位のポーションを使えばどうにかなる可能性が高いが、まあ、それは使わない。


 ぶっちゃけ、自分が自由に転職出来ない状況なだけに、今は自分の【収納】に入っている在庫が全てだ。システムが動いていないので、ダンジョンシステムの【倉庫】にはアクセスが出来なくなっている。


 現在の【収納】の容量は約100㎏。そこそこ大きくなっているので、普通の特製ポーションはまだまだ、かなりの数が入っている。だけど、上位のポーションは数が少ないんだよね。


 足を失い動けない者の面倒は自分たちで見るようにと追加命令して、掌握した事を確認する。


 決死の行動で叫んだ「指揮官君」は文字通り口を塞いだ。目覚めて体力が戻ったら、再度余計な事を言いそうだったので。


 魔族は整列させたままで~王都の状況確認のために、王都正門前へ戻る。


「戦況は?」


「お、おお……仮面殿! 魔族共の排除は問題無く進んでいるぞ! 最初のうちはヤツラの魔術に被害者も出たのだが、途中で何故か、魔術を使ってこなくなったらしくてな。そこからの排除は簡単だったようだ。いまでは、既に、自分の家に戻り始めている者もいるくらいだ」


「それは上々」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る