418:戦場は荒野

「そして……では。騎士団長閣下、アーリィには騎士団と、冒険者で構成する主力部隊の再編成を御命令されますよね?」


「あ、ああ。そのつもりでいた」


「了解しました。早速。掛かります」


 アーリィが答えて……部屋の外で待機している騎士に指示を与える。まずは……残存兵力の確認だろう。


 それにしても。以前とは……明らかに態度が違っている。余程……辛い目にあったのだろう……。


「では……その間は私達が出ましょう」


「ど、どういう……」


 このメイドは……何を言っているのだ?


「エルフの村から……精鋭も連れて参りました。いくら、このカンパルラが我が主人、サノブ様の錬金術によって守られているといっても、ある程度気を散らさなければ……あちらは、集中して何かを為すのがお得意なご様子ですので」


 い、いま、なんと言った? 先ほどの魔術の喪失は……サノブの技と……。


「ディーベルスッ!」


 ああ、マズイ。彼は既に代官では無く領主なのだ。つい、昔のクセで……。


「いえいえ、一切聞いておりません……初耳です。ですが、あの者であれば……それくらいの事をしても、おかしくないかと」


 マートマンズも頷く。くっ。まあ、いい。それは良い。だが。


「マツド……と言ったか? 城壁の件は後回しにしよう。それよりも。つまりは、こちらの主力部隊が再編成されるまで、お前達がエルフの兵を率いて、出陣する……と?」


「はい。お任せ下さい。とりあえず、敵の……戦意を多少なりとも挫くことは出来ましょう」


「なっ! 何を……」


「ああ。因みに、戦場に立つのは私と森下のみです。本隊の再編前に、下手な消耗は避けたいので」


 ふた……二人?


「姫様……お任せ下さい。彼女達は……戦士として申し分ございません。さらに……あの……敵が展開する重圧の魔術にも対抗できるのは我らだけです」


 あ、アーリィが? お前が言うのか?


「では。城壁を使用して籠城戦を行いながら、敵の戦意を砕いて、本隊へ撤退させるのを目的とさせていただきます。よろしいですか? 領主閣下」


「ああ。それで構わない。とにかく、時間稼ぎができれば……」


 いや、籠城は……助けが来ることが前提になっている戦術だ。連絡兵が一切、到着していない現状を考えると……期待するのは。


「はい。我が主人か……その影が間に合います」


「そうだな……うん。頼む」


 ど、どういう? 何を? どういう?


 そういうと……マツドはスカートの裾を小さくつまんで持ち上げ、綺麗な御辞儀をして出て行ってしまった。


 ハッと。一瞬の……時間が経過すると……その馬鹿馬鹿しさに我に返った。


「ディーベルス……さっきのは、アレで……いや、マズイだろう? 本気か?」


 私はそういうと、東門城壁の上に設置されている、物見櫓に急いだ。


「姫様、そこまで急がなくて、も」


 ディーベルスも付いてきている。というか、何だ? 先ほどまで負け戦の空気で張り詰めていたものが……何もかもが霧散してしまっている。


 物見台から、門の外を見下ろす。敵は既に、ハッキリと目視出来る位置に布陣している。


 先ほど行われた魔術の一斉行使で、城壁にダメージを与え、この東門を崩そうという魂胆だったと思うのだが、現在は、何が起こったのかを検証しているのではないだろうか? 


 妙に静かだった。城壁手前で霧散した魔術の余波で、一面の荒野が出現している。


 つい先日まで、腰くらいの高さの藪や低木が生い茂っていたのが、ここが戦場となってから徐々に荒れはじめ、先ほどの攻撃でさらに見通しが良くなっている。


 その無人の野を歩く。二人の側仕えの後ろ姿。


 焦げ茶色の長いスカートは戦場には似合わない。どう見ても……食事の用意をしたり、屋敷の掃除をしたり、服の着替えを手伝う、側用人にしか見えなかった。


「ちっ!」


 私は思わず、自分の剣を手に取り、その場から駆け出そうとしていた。急がなくては……間に合わなくなる。


 周りを確認する。


 正直、この場で使い物になりそうなのは私だけだ。


 城壁から飛び降りよう……とした瞬間。腕を掴まれた。


「アーリィ……」


「ディー兄……鍛錬をサボりすぎです。私が一瞬遅れたら、姫様は戦場を駆けてましたよ?」


「はあ、はあ。すまん。ここ数年……事務仕事しかしてこなかったからな……」


「アーリィ、離せ、アレが!」


「大丈夫……大丈夫です。姫様。ご覧下さい……行きますよ?」


 モリシと紹介された側仕えは、いつの間にか、自らの身体よりも大きく分厚い両手剣を振りかぶっていた。


 ああアレでは……。


 敵の前衛は重装備の騎士ではないが、我々の身動きを奪う魔術を使う。動きが鈍った所を、後ろからの魔術が撃ち抜くのだ。


 いくら、城壁が魔術を防ぎ、敵が動揺しているからといって、ああも堂々と正面から武器を構えて近付いては……無駄死にだ!


 次の瞬間。


 アレは……なんだ? モリシの振るう強大な両手剣は……魔術をモノともせずに……前衛で構えていた敵に向かって振り下ろされた。

 

 二人くらい……首が飛んだ……。

 

 間髪入れず、マツド……の攻撃が……その周囲を襲う。


 彼女は、いつの間にか……右手には黒い……鞭……か? アレは。そして、左手には側仕えには不釣り合いな厳つい金属製の籠手を装備していた。


ぴゅ……シャッ! 


 妙な音と共に、黒い鞭がしなる。またも、敵の魔術は……あの重くなる空気は……彼女の武器を防がなかった。


 彼女が狙っているのは……首よりも上……目か!


 敵が幾らコートの様な装備を上掛けしているとはいえ、前衛にいる者は革鎧の様な薄型の鎧を身に着けている。鞭では……それを貫く、斬り裂くことは難しかろう。

 首の部分も、その薄手の鎧で守られているので、首を薙ぐ事も出来ないハズだ。


 だからこその目……なのだろう。


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