419:メイドと呼ぶにはそれはあまりにも……

「ね? 大丈夫でしたでしょう?」


 アーリィが微笑む。私の腕を握っていた手を離した。


 だ、大丈夫所では無い。


「か、彼女達は……何者だ? 元冒険者か何か……か?」


「我が主人、サノブ様の側仕え……としか。判っている事は……二人とも確実に、私よりも強いですよ」


「なっ」


 再度、首が飛んだ。重いであろう両手剣がまるで、布で出来ているかの様に舞い飛んでいく。手首を返し、そして持ち手を変更する。それに合わせて滑らかな動きで黒い線が生まれる。


 モリシの使っているのは黒い金属……多分、あの輝きから想像するに、黒鋼の両手剣だとは……思うのだが……異常な斬れ味で敵を細断していく。

 黒い線が縦横斜めに走るたびに、敵兵が顔を押さえ、絶叫しながら転がり回る。


 モリシの分厚い両手剣、マツドの鞭もスゴイが……二人の身のこなし、足の運び、動きもスゴイ。

 あの二人は、魔術を避けているのだ。あの重圧の中、なぜあれほど動けるのか判らない。

 だが、二人とも長い……側仕え用定番の裾の長いスカートを着用している。なので、細かい足の運びは良く見えない。というか、動きにくいだろうと思うのだが……。


 敵は、味方に当たる事を判った上で一斉に魔術を放って来たようだ。それほど、脅威と思ったのか。


ガガガガ!


 二人に向かって激しく……とんでもない量の魔術が放たれた……と思う。飛んでいる所は視覚では認識出来ないが、着弾した地面などは激しく抉れている。飛び散る石飛礫。

 あれは多分、風の魔術だ。「風の刃」は熟練者であれば大きく強くなると教わったが、あそこまで破壊力が大きくなるとは……。我が国は魔術後進国なのだなと改めて思う。


 が。


 後方から放たれる魔術は尽く外れ……一部は同士打ちとなっている。アレだけ連続で撃ち出されてているにも関わらず、二人には一切当たっていない。


 二人の武が、戦場を圧倒していく。血飛沫と共に敵兵が死屍累々と重な……いや、何だ? 


 モリシがいきなり足を止めた。そして、剣で大地に横たわる敵の死体を再度切り付けた。

 

 ?


 切り刻んだにも関わらず、どういうことだ? いくら彼女たちが強くても、戦場で、いま、死体を辱める様な余裕はあるまい。


 案の定、余計な事をした途端、周囲を囲まれてしまった。スピードで圧倒していたのだ。それがなくなれば、当然、数で圧されるのは当たり前だ。十対一どころじゃない、九百対二なのだ。


 く。だから!


グバッ!


 思わず、体が動きそうになった瞬間。


 再度、幅広の両手剣が大きく翻ったと思ったら、逆回転で振るわれた。上半身の筋肉の動きのみで斬り返しとも違う、反動を利用した動きとも違う……なんていうか、あまりにも不自然な動きに、再度、兵士達の動きが止まる。

 そこに同じ様に、繰り出される両手剣。止まらない。同じ軌跡、それが順番に横にズレて、そして、八の字を描く。


 颶風。その余りの勢いに、巻き起こる風。実際、その勢いに巻き込まれて……粉々になってしまっている敵兵すら一緒に舞い飛ぶ。

 あ。また……敵兵の脇の下に食い込んだ両手剣は、そのまま、鎧と胴体を裁ち切り、再度血しぶきを上げる。

 

 あり得ない。


 あの威力と……スピードはなんだ? 振り切って、その勢いを生かしたまま、切り返しで……という動きでは無いのに、最初の一振りよりも鋭さが増している。


 次々と……同時に吹き飛んでゆく敵兵。中には、さっきまで切り刻まれていた死体……も含まれている。アレは……わざとなのか?


 ともあれ、退却のための進路は開けた。二人は敵兵に相対したまま、顔と身体を完全に相手に向けたまま、後退してくる……と思った瞬間。


 ほんの数瞬。瞬きの間の出来事。


 なっ。なんだ、あの歩法は。


 私とて、戦女神と伊達に呼ばれてはいない。退却時の後退は戦場において、最も難しい行動の一つだ。


 それをいとも容易く。自然に。それが当たり前の様に。


「ね? 姫様。見事でしょ〜? あの二人なら、どのような戦場に出ても、当たり前のように帰還するのだとおもいますよ〜」


「そして〜」


ザヒュザヒュザヒュザヒュ……


 二人がその場を引いた……直後。


 空気を裂く音と共に、ものすごい数の矢が、敵陣に降り注いだ。豪雨のように降り注ぐそれは、盾を装備していない敵兵を容赦なく貫いていく。


「ど、どこから?」


 そ、それよりも、良く見ればピンポイントで敵指揮官を貫いている。


「いや、この命中率で、き、曲射だと?」


 斜め上空からの攻撃。矢は明らかに、後方、この都市内から撃たれている。城壁がある以上、的である敵兵を目視する事は出来ない。目視せずにどうやって弓を射るのか。


「エルフの弓隊でしょう……彼ら、アレで大物を仕留めますからね~。十分、止めを刺す攻撃力、破壊力がありますよ~」


 エルフは弓に優れ、さらに風の魔術に優れているとは聞いていたが……ここまでか。

 それに、なんだ、この一矢の破壊力の大きさは……。敵の体を貫いた後に、大地を穿つ一撃。それだけ矢が重いのだろうか? 解せぬ。


 マツド、モリシが城壁内に戻った。しばらくして、周囲が騒がしくなる。物見台から降りると、マツドとモリシが戻ってきていた。


「ご、御苦労だった……凄いのだな……二人とも」


「いえ、少々攪乱したのみです。敵数はそうそう減っておりません。指揮官を数名、討ち取ったくらいでしょうか、それよりも……まだ、まだ……これで終わりではありません」


 そういって……さっきまで自分たちが暴れていた戦場を……マツドが見下ろす……。


 うん? 今、信じられない事が……。


 はあ? う、動いた? グチャグチャに潰れた……死体が……動いた?

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