417:派遣の提案

「辺境騎士団団長……マシェリエル様。彼女達は……私の懇意のエルフ錬金術士の側使いになります」


「懇意というと……サノブ殿だったか……特製ポーションの」


「はっ。商人ギルドも何かと融通を効かせてもらっている……恩人と言ってもいいかと」


 だから? なんだ?


 ディーベルスだけでなく、マートマンズまで……この二人の場違いな訪問に時間を取る……のか?

 ここは戦場だ。メイドは余りにも不似合い……いや、戦えぬ者のほとんどは城へ避難したハズだ。


 戦争が始まっているのだ。戦争だ。国と国との戦端が開かれている。すぐそこに死が転がっている。既に、既に、冒険者達を束ねていたギルド長のゲルグはもういない。

 さらに……実質この都市の支配者であった彼らが最も信頼していた懐刀……であったという、「無名」のサーマラも殺された。視認出来るギリギリの距離で……無惨に引き千切られる様に斬り刻まれた彼女の姿は筆舌に尽くし難い。


 にも関わらず。


「お目通り、失礼致します。私は松戸。そしてこちらが森下と申します。ディーベルス様、マートマンズ様とは以前、我が主人と友に御挨拶して以来となります」


「あ、ああ。私は領騎士団長、マシェリエル・ケレル・ローレシアである。今がどのような時か理解しているな? 何用か」


「ああ、まあまあ、マシェリエル様。良いのです。この二人……いえ、彼女達の主人、サノブ殿に関しては……その……我らにとって特別なのです。それは当然彼女達も理解させられているハズです。なのに、この段階で私達の元に現れた。それは、そういうことなのだろう?」


「領主閣下がどのような想像されているのかは判りませんが……御相談させていただきたい事がございまして」


 松戸はこの場に相応しくない……柔和な笑顔を浮かべたまま、そう切りだした。


「単刀直入に。言葉使いも戦場向けに変更してもよろしいですか?」


「あ、ああ。冗長に話をしている時間は無い。構わない」


「では。現状、最も必要なのは、現場指揮官ではございませんか?」


「なっなぜそれ……」


「ああ。そうだ。現場を仕切っていたギルドマスターのゲルグが戦死してしまった。正直、困っている。目を離すと、駆けだして行きそうな姫様がいるのでな」


「くっ。だが、他に人がいないではないか」


「姫様には、騎士団と冒険者の仲を結んでいただいているのです。両者が力を合わせるためには、どう考えても姫様が指示を出す必要があるのです」


「そ、それは判っているが……」


「そこで御提案です。我が家の護衛を一人。御紹介いたします。とりあえず、呼んでもよろしいでしょうか?」


「ん? あ、ああ。良いぞ」


 このメイドは……何を……。


「アーリィ!」


 メイド……松戸の合図で部屋に入ってきたのは、ついこないだまで……私の近衛、副団長、右腕であった、アーリィシェだった。


「よ、良かった! 王都から消えたと! 行方知れずだと! お、お前を慕う騎士達も探索をしていたのだぞ!」


「姫様。御無沙汰しております。……王都で何度も命を狙われまして。流れ流れて居るところを、サノブ殿に助けられまして……今まで、エルフの村に匿っていただいておりました」


 え、エルフの村? それは行方が判らないハズだ……。


「そのせいで、今回の戦争の情報がなかなか伝わってきませんで。はせ参じるのが遅れて申し訳ありません」


「あ、ああ。それは問題無い。アーリィ、ならば以前と同じように副団長とし……」


「姫様。それは叶いません。私はもう……貴種の務めが嫌になってしまったのです。父や母には感謝の言葉を伝えましたし……もう、未練はございません」


「くっ」


「ですが、現在は、存亡の危機。このカンパルラを守る為、我が力を必要としてくださるのであれば。御命令ください」


「……判った。今後の事は……判った」


 アーリィは……見た事のない……黒い全身鎧で身を固めていた。手に持っている兜も黒い。デザインだけでなく、なんだ……この溢れ出てくる波動は……なんだ?


「アーリィ……その鎧は……」


「くふふ……良いでしょ~う? ふふふ……御主人様に戴いたのです」


 アーリィが私の耳元で……呟いた。


 た、確かに良い……というか、どれほどの性能かは判らないが、確実に……国宝級であることは判る。というか、御主人様?


「というか、アーリィ……ご、御主人様というのは……」


「先ほど、マツドからお伝えしたではないですか。サノブ様です。御主人様は錬金術士ですので」


 お、お手製? 迷宮産でも名のある職人の手のモノでもなく? というか、アーリィが人前で……私に対して気安く……ま、舞い上がってる感じか? これは。


 な……なんか腹が立つぞ……。どういう……アーリィの変化はどういう……。


「アーリィシェ……すまん、頼む」


「了解しました、ディー兄……いえ。御領主閣下」


「姫様、領騎士団……以前の部下達は?」


古参やつらはほぼ生き残っている。怪我はしているがな」


 私と共にこの地に赴任してきた……元近衛の騎士は三十名程度だ。辺境騎士団はそれ以外は、募集した新人を訓練して、数年後に正式に活動開始する……予定になっていた。それまでは、特製ポーションの輸送が主な任務になる予定だったのだ。


「アーリィ。それと……」


「ああ、判った」


 アーリィが一度外に出て……荷車を押して入ってきた。これは……。


「特製ポーション……か?」


「はい。主人から、御領主閣下へ。非常事態に備えての献上品でございます。これと同じモノがあと二つ」


 しばらく待っていると、再度出て行ったアーリィと、森下だったか。もう一人のメイドが、台車を運んできた。


 な、なんと……これが全て……特製ポーション……なのか? これだけあれば……即死でなければ、確実に助かる……ではないか。


「すまない……というか、サノブ殿は未だ帰らずか?」


「はい。元々、数カ月を予定しておりましたので……あと二月ほどは戻らない可能性も……。ですが、旅先で今回の異常事態の話を耳にすれば……もしやすると……」


「ああ。そうだな。それを願おうか」


 ……そ、それほど……なのか? ディーベルスは新米とはいえ、領主なのだぞ? それが……サノブ「殿」を付けた。気付いていないかもしれないが、非公式の場では、そう呼んでいるということなのか?


 

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