416:魔族の帝国軍

 謎の敵軍が深淵の森で初めて目撃されてから一カ月が経過している。


 彼らは魔人……魔族の国、アムネア魔導帝国の一軍らしい。ヤツラはハーシャリス閥と言う、貴族の派閥勢力の軍隊の様だ。


 かの軍は……あの、深淵の森を越えてきたのだ。魑魅魍魎、蠢く、あの森を、だ。


 外見はほぼ、人族と変わらない。額に角の痕……の様なものがあるくらいだろうか? この角の痕も、捕虜を捕らえて、至近距離で観察しなければ気がつかなかった。彼らの統一装備である黒いコートにはフードが付いているのだ。


 本隊は既に、領都リドリスを電撃で落とし、現在は王都、ローレシア王国王都を攻略中ではないかと予想される。


 我々はここ、カンパルラに張り付かされて移動出来ずにいるし、伝令や斥候、連絡兵は開戦以来一切到着していない。情報は遮断されている。


 捕らえた将兵を尋問して聞き出したが、軍は既に、王国を制圧しながら侵攻しているらしい。


 このハーシャリス閥の軍は総数で約一万。基本、千人毎に隊を編成していて、ここカンパルラで対峙しているのは第九軍。十軍は補給を中心とした輜重部隊らしいので、最下位の隊だ……そうだ。

 カンパルラの様な本隊の進路から外れた、辺境の都市や砦の取りこぼしを潰して行くための部隊だとか。


 我が国、ローレシア王国の最大戦力、王国騎士団は第一から第八まで存在するが、ひとつの騎士団の最大人数は約五百名だ。


・王国騎士団

騎士団長→親衛隊は親衛騎士約五十名(魔術士を含む)

隊:副長→騎士九名→従士約九十名:約百名で構成

隊は最大で四隊=四百名

輜重部隊→五十名

合計約五百名


・領騎士団

親衛隊は数名であることが普通。

隊は大体一~二。多くても三隊。

輜重隊は各隊の従士が兼ねることも多い。

合計約二~三百名


 第一王国騎士団は王都をの守備の要、第二、第三、第四、第五は西側の国境付近、砦に配置されている。第六、第七、第八は国内の魔物退治を主な仕事にしている。


 まあ、単純に、王国騎士団に騎士や従士、輜重隊の従士が完璧に揃っていたとしても、八つの騎士団の合計=総戦力は四千名でしかない。

 王国は三十六領で、中には領騎士団を所有しない(守備隊はあるが)領も幾つかある。つまり、三百×三十ちょいで、総計が一万名。


 王国騎士団と領騎士団を総計し、戦力の集中運用が出来たとしたら、数の時点では互角以上になるだろう。だが。それは机上の空論でしかない。


 魔族の軍は我が国に攻め込むための戦力が一万存在するのだ。現在、ここに千を残しているということは、九千の軍で行動しているとして。我が国の騎士団は、各個撃破されて終了の可能性が高い。極めて不利だ。守備兵が多い王都……ですら……既に墜ちている可能性すらある。 


 魔族……既に伝説と化していた彼らは……我々人族を、いや魔族以外の人種……エルフやドワーフを含めて、劣等種として見下しているという。それは確かに正しい情報だった。


 接点がなかったため、その様な者達とは、交流することすら難しい……と思ったくらいで、適当に流していた。他に重要な案件があったのだからしょうがない。


 彼らとは……言葉は通じたが、会話が成立しなかった。戦端が開かれたのも彼らが攻め込んで来ただけだ。


「亜人が真人である我らに抗する事自体が罪だと知れ! 汚らわしい。さっさと縄を解け!」


 と叫び続けていた。さすがに数日「じっくりとお話をさせてもらった」ら、知っている情報を全て話してくれたが。


 ちなみに、今回の侵攻の目的は、西の大地と亜人奴隷の大量確保らしい。そのため「無駄に」奴隷を殺す様な殲滅戦闘は許可されないそうだ。


 それにしても……ヤツラは……相変わらず、束になって集団で襲いかかってくる。


 前衛の戦士は、主に障壁を発生させる。その障壁に押し潰されると、範囲内の我々の動きは重くなり、機動力を奪われてしまう。


 するとそこに、後方から凄まじい数の攻撃魔術、さらに範囲攻撃魔術によって仕留められてしまう。


 戦闘員のほぼ全てが戦士であり、魔術士であるのだ。基本、魔術士部隊のない、魔術後進国である我が国の騎士団では対応しきれなかった。


 当初……降伏勧告と共に襲い掛かって来た帝国軍に、撃って出た守備隊や冒険者はほぼ完全に完膚なきまで叩き潰された。


 この時の撤退戦で、カンパルラの守護者でもある「銀剣」の……疾風レイズアとの壊滅のクローンズの二人がその範囲魔術によって燃え散った。


 ギルド長、ゲルグ・フレーム子爵の妻、「無名」のサーマラ・フレームは片腕を失いながら戦い続けたが、ギルド長である夫が、カンパルラの城壁内に戻ったことを確認した瞬間に、幾重もの魔術で千切れ飛んでしまったそうだ。


 そのギルド長、ゲルグ・フレーム子爵は冒険者を率いて何度も敵軍の足を止めようと抵抗したが、敢えなく敗れ……彼も妻の元へ旅立った。


 開戦後三日ほど経過した時点で、我々の戦力は壊滅状態に陥り、地の利を奪われ、現在の東門手前の丘隆に布陣された。


 正直、あの時点では我々は戦力をほぼほぼ失っており、城壁内に立て籠もるしか無かった。


 当然の様に、大規模魔術が展開され、「風刃」や「火球」の上級呪文がカンパルラの城壁を撃ち崩そうと襲いかかる。


 だが。


 それは……ごく当たり前の様に、打ち消された。


 音も無く、次々と襲い来る強大な魔術が……あっさりと消え失せる。


 城壁が。まるで城壁が、その獰猛な攻撃を防いでいるかのように、敵の魔術による攻撃は「一切」が無効化された。


「これはどういうことだ?」


 振り返っても誰からも答えは返ってこない。


 そこに……その時、我々……私、マシェリエル・ケレル・ローレシア辺境騎士団団長と、カンパルラ城砦都市領主ディーベルス・クアロ・カンパルラ子爵。そして、子爵の学生時代からの友である、商人互助会カンパルラ支部長のグロウス・マートマンズ準男爵が、作戦司令部としていた、東城壁側の騎士団詰め所に現れたのは。


 二人のメイドだった。

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