408:救世

「それで。最後に言いたいことは?」


「私の父は……極秘裏に……終戦を前に占領地統治のために蛮国に向かった。戦前から噂されていた、彼の地に踏み入れた者は覚悟せよ……という伝説の確認のためだ」


 車椅子に座ったまま……そう答えた老人は、既に憔悴しきっていた。


「あの野蛮な地に着いて、早々。最初の一歩を踏み出す間も無く、首を落とされた、のだ。さぞ無念だったであろうな」


「そうか。で?」


「……」


「お前の馬鹿親が戦争中の敵国に迂闊に踏み込んで命を落とした。それで?」


「……」


 ワナワナと震えるジジイ。ああ、もう、ダメだ。最後くらいは会話をと……考えたのがいけなかった。


「お前のその復讐……というか、くだらない、本当にくだらない親の、自らの油断怠慢、自意識過剰な思い上がり、ケアレスミスで死んでしまう様なクソな父親の復讐のせいで……米国で一番歴史ある自分の家がこの世から消え去るのはどう思う?」


「父は……偉大な……」


「いや、本当にクソミスした傲慢で尊大なムカツク金持ち親父だろ? 様々な方面から警告されていたにも関わらず、迂闊にも踏み込んだのだから」


 しかも終戦前ってポツダム宣言の受諾前だろ? そりゃ独自の命令経路で行動していた能力者達は怪しい動き……上陸しようとしている敵軍を見逃すわけないわ。


「お前のせいで……シラザという一族の血は絶える。一族として名のある者。名前を変えて一族を支えていた者、ここ十年以内に家を出た者も……さらにその血を継ぐ者も」


「なっ……」


「ああ、お前の可愛がっていたヨシュアとフリアも、肉の塊となったぞ」


「き、き……きっさ、ま! 女子供まで!」


「最初にそれをしたのはお前だよ。お前の子飼いの部隊。その部隊の研究所、そしてそこで行われた狂気の実験。実験対象は生きたまま斬り刻まれただけでなく……中には十六歳以下の子供も数人。そして妊婦から生きたまま取り出された胎児もいた」


「そ、それは私は」


「風刃」は……足首を切り落とした。ズレて、足置きに靴が収まる。と、同時に大量の血が溢れた。足が悪くなっただけで、別に義足というわけではない。


 風の刃は車椅子も切断し、奥の壁にも傷を付けた。


「知らなかった等とは言わせない。全てお前のせいだ」


「くっ」


 何か……スイッチを押そうとしたので、両方の手首を落とした。同時に、上からギロチンの様に大きめの「風刃」を落としたので……太腿も前後に絶たれた様だ。


「ぐあっ!」


 あまり血が流れすぎても、すぐに死んでしまうので【結界】で包む。まあ、大して時間稼ぎは出来ないけれど。あと、数回で……もういいよな。


「一族の無念を全て……全て背負って死ね。お前の父親の様に、お前の無念を継いでくれる血縁者は、既に誰一人いないからな」


「きっきさ……」


 グチャ……と。汚い音を立てて、肉塊が爆ぜた。「乱風風刃」。これまで「風刃」を無数に発生させて……微塵切りにしていたのが、これ一発で終了する。


 ……。


 地下施設は……維持するのに常に空調が動いているのだろう。空気が動く稼働音が聞こえる。


「これで……終了?」


「はっ。この施設に関わる者達も全て処理済みになります」


「なんかさ……何やってんだろうな……と思うんだけど」


「……そう……でしょうね。村野様のトリガーは……「そう思えば」そうなってしまうのですから」


 正装の三沢さんが答える。ここはアラスカ。軍服は白だ。


「我々は……こいつのトリガーが……まあ、もの凄く軽いのですが……ストッパーになります。何よりも、安全装置がかかっていれば、暴発する心配はほぼ無い。気休めだろうがなんだろうが、外部に、自分の外にスイッチがあるのは切り離して考えることが出来る分だけ……負担は少なくなります」


 射線を下げて構えていないとはいえ、アサルトライフルはまだ、両手で握っている。


「権力者が指先一つ、視線一つで、誰かが死ぬ様になった時点で、その心が歪んで壊れていくという話もあります……。そういうレベルで考えれば、確かに……村野様の精神状態が心配ではあります。今回の件……大規模な処理はほぼ全て……貴方が背負ってしまった」


「ああ、なんていうか、背負うとかそういうのはどうでもいいんだ……ただ、現状がさ。この静寂なのがさ」


「ここは……現場ですから。これで、後は日本に戻れば、倉橋様が全てを上手いことやってくれているハズです。最大級の敵が失せたんだ。細かいのは片矢さんがどうにかするでしょうし」


 三沢さんが笑顔だ。


「つまりは、貴方は、日本を救ったということです。そして、能力者達の伝説が本当なら、それは、世界を救ったという事になる」


「こんなに殺して?」


「最後に話をされたので勘違いされたかもしれませんが。これは私闘ではないのです。戦争なのです。味方の兵は異常に少ないのですが。貴方ひとりで為したわけではないのはお忘れ無きよう」


 負担を分散させてくれているのか。


「もしも村野様が許すと言われたとしても……その時は私が引き金を引きました」


「申し訳ない」 


「いえいえいえいえ、偉大なる御業ですよ? 残念ですが、死亡者はたかだか二千人程度。近代以降……国同士の戦争で……死亡者が万を超えないものは無かったかと。世界の命運を賭けた戦いとしては、被害は非常に少ないのでは? 本来戦争は……そういうものです。本当の救世戦争など……伝説や伝承、古文書、歴史書の中でも数少ないレアケースですし」


「そうなのかな」


「はい。本来……数十万、数百万、いや、数千万の死者が出てもおかしく無い戦争を……これだけの規模で収めてしまった。偉業と呼ばずに何と言いましょう」


 それでも、褒められたものではないと思う。


 アラスカの隠遁地……まあ、大規模核シェルターをニューポートの時と同じ様に、圧縮し……雪の下の台地に押しつけた。

 数年すれば……痕跡は跡形もなく消え、ここに何かがあったかすら気付かなくなるだろう。


 そうなるといい……と思った。

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