405:起立

 カリフォルニア州での秘密基地で処分を終えると、そのままの足で、サンディエゴの海軍基地に向かった。


 俺は監視カメラ対策に「隠形」を発動しているが、念のために、向こうでも使っていた黒のマスクを装着している。


「ということで良いかな? 提督閣下」


「あ、ああ……判った……だ、だが、全てはシラザが……」


「関係無い。シラザにここまで関与している軍は? 被害者だというのなら、優秀な犯罪者に騙され続け、それを受け入れ続けて来た国は世界最低の国という事なのか? そもそも、ここまで大規模な軍への関与は大統領のサインが無ければ実働不可能なモノばかりだ」


「……」


 この基地の実質的な指揮官である、ジョナサン・リーオンス提督は渋々ながら頷く。海兵隊員のボスに相応しい、たくましい海の男の横顔は酷く歪み、さらに深く皺が刻まれた様に思う。

 

 彼が……先ほどから呆然とした表情を取り繕うことが出来ていないその理由は。


 目の前に横田基地の更地同じ光景。まあ、アレよりは規模が小さいが四階建てのビルが消失している。ここをシラザの海兵組織が使用していたのだ。


 さらに。異質なのは、その先。目の前の港にそびえ立つ、黒い巨塔。


 良く見なくても……この基地に関わる全ての者が瞬時に理解できる。


 正常な視覚を持ってするならば、横たわっていなければいけない、原子力潜水艦の黒い巨体が……目の前の潜水艦接岸施設の向こうに、起立している。


 100メートル以上あるその駆体のほとんどは、港底に突き刺さっているため、見えているのは20メートル程度だろう。だが、間違い無く。それは、昨日までそこに停泊していた……のだ。


 この不思議なオブジェは……「水流操作」と「大地操作」のおかげでそれほど苦労せず完成した。隠れて整備していたヤツをぶっこ抜いてきて、突き刺したった。

 そういえば、原子力潜水艦って根本的に全てが極秘扱いだっけ。どうなんだっけ? まあ、いいか。


 なんで隠れてたのが判ったかと言えば、この原子力潜水艦も、実質、シラザの息の掛かった武官、部隊が「専用で」運用してたからだ。最初に本拠を抑えられたのは大きかったな。


 あ。そういえば、なぜ敵の本拠が判明したかというと、横田基地で入手した極秘データ……に加えて、片矢さんの「勘」のおかげだ。……マジで。


 片矢さんは現在は療養中で能力を使用していないとはいえ、現役の時詠みの巫の叔父だ。元々能力とは言えないレベルの「勘」は鋭かったそうだが、最近、その力が強くなっているらしい。

 で、さらに、今回は大量の「能力者」の反応が集中していたために気が付いたそうだ。


 どんな極秘データで暗号化されているんだとしても、ちょっとしたヒント、気付きがあれば、解読は容易らしい。

 なので、片矢さんが「米国」に着いてから感じた情報を三沢さんに伝えたところ、それをヒントにスーパーハッカーがデータを解析。その結果が、本拠地の位置情報の詳細や人体実験の各種データという、本当の「大当たり」に即、辿り着いたということらしい。

 

 なので、次にどこに行くべきか……と聞いたら、ここに案内されたのだ。


「シラザは……米国と共にあった……そのネットワーク、財力は軍の諜報活動の礎となった。独立戦争、南北戦争……建国からの決まりだ。一定以上の高級将官になると……情報が公開される。そしてそれを認知する義務がある」


 ……建国、それ以前からかよ……。どれだけ食い込まれてるのかと思っていたら。

 そりゃそうか。だからか。米国内外の大きめの基地には、必ず、シラザのUNKNOWN部隊専用の施設が存在しているのか。最初からあったってことな。


「狂っているとは思わないのか?」


「非人道的だと思ったとしても……自分以外の者が禁忌を超えて、有用な情報を収集してくれる……という「実利」に黙認せざるを得ないのだ……」


「ああ、まあ、それはそうなるだろう。軍というのはそういう所だろうしね。だが……罪を背負え」


「……」


 呆然と……いつの間にか膝をついた責任者を残して、俺達は次の目的地へ向かった。


 最終目的地は東海岸、シラザ財閥の本拠地、ロードアイランド州ニューポートにある広大な所有地だ。そこに本家の屋敷も存在するらしい。


 現在がカリフォルニアだから、大陸横断となるので、その道すがら、軍基地に存在するシラザの施設を出来る限り潰していくことに決定した。


 正直、俺は……若干不安だったんだと思う。


 自分の中に沸き立っているこの激しい怒りが、どれくらい維持出来るかを測りかねていたのだから。だから、目標を決めて、行動することにした。


 これはハイエルフの種族特性の【沈着冷静】【合理的】の影響を恐れての事だ。


【沈着冷静】は文字通り、いつでも冷静でいられるということだ。だがその反面、どんなに激しい思いも、あっという間、いつの間にか静まってしまう。正直、これまで生きて来て、思い当たる節がありすぎる。


 そして、【合理的】に考えれば、まずは大元……シラザの本拠地を一気に灰燼と化し、平たくするのが有効だと判っている。


 大元の司令官がいない状態での戦いは、その後の作戦の難易度を何段階も下げることになるのだから。


 関係者は文字通り、殲滅。皆殺しにするのがベストだろう。現状、どこまでが罪だか判らないため、米軍や米国自体を敵と判断し、基地を尽く機能不全にしていく方が速い。

【結界】で基地を隔離し、その中で「大地操作」で局所的な地震を発生させ、全ての建造物を崩壊させる……方が楽だ。


 今の様な、ピンポイントでシラザの施設を狙い、更地にし、潜水艦を縦にするなんていうのは、パフォーマンスでしか無く、かなりの魔力を消費する。


 だが、にも関わらず、俺と片矢さんは……攻撃を仕掛けて来た兵士と、シラザとの関係がズブズブな者、施設以外は……極力生かしている。


 これはその方が「嫌味」で「嫌がらせ」になるからだ。感情的で、少なくとも合理的ではない。


 俺は自分の中の……特性を恐れ、激情を抱えているという状況にすり寄っていたのかもしれない。


 全ては、松山さんを巻き込み、最終的に失った事から生じた「自分の中の筋が落ち着かない」状況に端を発しているのは判っている。


 そして俺は、それを……後日、さらに後悔することになる。


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