395:彼女の死

 彼女が襲撃を受けたあの日も、若島さん、最上さんは、松山さんを止めたのだそうだ。

 そこで最近定番になっていた口喧嘩となってしまい、最終的に彼女はその当てつけかの様に、予定に無い買い物に出掛けて……あのような結果となってしまった。


 ちなみに、三沢さんが組んでいた護衛のローテーションは完璧なモノだった。ちょっと聞くに、そこまでして大丈夫なの? と思うくらい。

 彼らに渡したダイヤの原石は、巨万の富を生み出したそうだ。それこそ、今後、数十年近く、彼らの会社が他の依頼を受けなくても大丈夫なくらいに。

 

 が。さすがにイレギュラーな……それこそ、気まぐれに突発的に発生した「行き先の決定されていない」買い物に……完璧な対応は出来なかった、らしい。


 そう聞けば……亡くなった彼女にも非があった……か。と思ってしまう。


 そんなもんは……行き場がなさ過ぎる。


 片矢さんによれば、松山さん以外の二人は使用人等の「近親者」以外に囲まれる生活が当たり前の家庭で育っていたそうだ。なので護衛される日常にも対応出来ていた。


 が。松山さんは比較的裕福とはいえ、至って普通の日本の一般家庭で育ち、社会人として自立してからは独り暮らしをしていたそうだ。

 お父さんは国家公務員、お母さんは専業主婦。兄と弟のいる五人家族。三人が三人とも国立大学卒業なのは、経済的な理由もあったのだろう。それとも、子供達が、親の懐具合を気遣ったか。


 普通だ。至って普通。俺も、残された自宅はあったが、同じ様なもんだ。


 想像してみた。


 独り暮らしに慣れている生活に、いきなり他人が干渉してくる。幾ら護衛だと言われても、心の底から納得できるもんじゃ無い。


 心を許せるはずの友達は根っからの金持ちで、幼い頃から使用人に干渉されることに慣れている。現在の異常な状況も、ごく普通にあっさり受け容れて、緩やかに対応している。


 相談しようが無い。彼女達は自分の様な感覚を理解出来ないのだから。


 さらに、プライバシーも何もあったもんじゃ無い。


 ストレスは少しずつ、少しずつ折り重なり、積もってゆく。最終的には尋常ではいられないくらい、積み上がっていたのだろう。


 よく考えなくても……見回して見れば。亡くなった松山さんが一番親しかったのは若島さん、最上さんの二人。この二人が松山さんと違う人生を歩んできたのは確定済みだ。で。


 近付くことで、迂闊に被害を広げる可能性がある。と言われれば、過去の交友関係、それこそ、学生時代の友人には連絡すら出来なかった様だ。

 現代の定番、SNSでの連絡なんかもってのほかだ。これは俺でも判る。繋がった瞬間に、対象者の詳細な情報履歴が全て漏れ出てしまう。護衛側が真っ先に禁じるのは当然だろう。


 それ以外に、彼女の側にいたのは……三沢さんや、護衛となった三沢さんの部下。若島さんの家人、倉橋さん関係者。森下社長も気にかけていただろう。さらに、時には師匠や、その関係者もいたかもしれない。


 まあ、だが。しかし。ことごとく……全員……「日本の普通」ではない。腕利きのPMC関係者、化者カノモノとして日本を裏側から守り続けて来た者達、財界に影響力も持つ大手会社社長、素手で人を簡単に殺せる人。


 誰も彼女の気持ちは判らない。理解出来ない。


 働いて……疲れて、誰も居ない部屋に一人帰る。


 確かに、一人の部屋は寂しさを感じるかもしれないが、非常に気楽だ。それこそ、パンツ一丁でアイス食べながら、ゲームして本を読んで、そのままソファで寝落ち……なんてやらかしても、何も言われない。

 例え肉親であっても、同居していたのなら、そんな行動は不可能だろう。


 独り暮らし歴の長い俺ほどではないと思うが、松山さんもそうして……発散する何かはあったと思う。それが封じられてしまえば、俺だって何か変化してしまう自信がある。

 

 彼女だけ一般家庭で育った所謂「貧乏人」だから、護衛や使用人に囲まれた生活に耐えきれなくて、起こってしまった。


 そりゃ……ないよな。ないない。


 俺は。俺だけは、踏み込もうと思えばいくらでも踏み込めたのだ。彼女の懐に。多分。あの状況なら特に。


 ツーッと、気付かないうちに涙がこぼれ落ちた。ああ。彼女は……この子達の中でも彼女は、俺が連れ出さなければいけなかったのだ。

 行く行かないや、俺とそういう事をする選択は彼女自身に委ねたとしても、誘わなければいけなかった。


 彼女にはやりようが無かったのだから。


 相変わらず……自分の周りの人達への興味が足りない。興味が無いから気遣いも足りなくなる。この希薄さが……ハイエルフという種族の特徴なのだとしたら。そりゃ少子化傾向からの種族断絶も当たり前だよな……。


 それでも、うん、ハイエルフとはいえ。俺にはパパ……いや、父さんの血も流れている。父さんは確実に日本人、人間だったはずだ。彼の中の熱い……滾る何かも流れている……と信じたい。

 その上、日本という世界でもレアな珍しい、複雑にして寂しく温かい社会で育ったという経験も重ねている。


 仕方の無い、死など、あってたまるものか。



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