372:範囲

 手続き等は全て森下に任せて、宿を取った。領都リドリスで一番良いとされている宿のそれなりに良い部屋に入る。


「大した事無いな……」


 設備はカンパルラの宿屋とさほど変わらない。広いだけだ。ベッドルームが二つある。ひと部屋にベッドは二つ。側仕えの部屋を入れると五つ。五人部屋か。貴族として考えると規模は小さい方なんだろうな。


「細かい所がかなり違いますよ。この柱にだって装飾が施されてますし」


 ああ、そういえば……。置いてある家具……ベッドやドレッサーもよさげな感じか。こちらの世界、こういう優雅な部分……情緒とか、オシャレとかに力を向けていることが少ないからなぁ。

 ああ、まあ、そうか。ディーベルス様の屋敷は諸事情で超絶地味&シンプルだったけど、ドノバン様の執務室やリドリス家の領都の城、王都の屋敷なんかは「ザ・貴族」な作りだったんだよね。

 でも……向こうの世界の、現代の上流階級、中東王族の城、屋敷を知ってるからか、大して贅沢、豪華って思わなかったんだよなぁ。


 俺の価値基準がちょっとおかしいんだな。その辺は。


 ここまでお姫様抱っこで抱えてきた少女からマントを外し、ベッドに横たわらせる。


 マントの下に着ていた学校の制服に汚れは全く無い。さらに、彼女の身体も一切汚れていないようだ。俺が抱き上げる直前に、「わざと付けていた汚れをパージした」そうだ。


 それにしても……生きてはいる。と言った感じか。


 瞑っていた目を開ける。そしてこちらを見る。少々ぎこちないがまばたきもするので……ちょっと調子が悪いのかな? といった感じだろうか。


「調子は?」


「村野からのエネルギー補充によって「私」は0.004%程度回復した。過去の記憶維持もギリギリ補完された上に、しばらく思考し、会話を行うくらいは問題無い。助かった」


「……というか、ショゴス……マジで死にかけだったのか?」


「人間に当てはめるのなら、その通りだ。予想ではあと一時間で記憶障害が顕著となり、二時間程度で全機能停止。三時間で全記憶も消失……といった感じだったハズだ」


「……その場合、彼女、万里さんは……」


「奇跡が起きて、彼女の魂、そして生体反応が復活でもしない限り、この形すら維持できずに頽れ分解していくハズだ」


 そこまで……コイツに依存しているのか……。そりゃ困ったな。


「それで、ここで一度離れて見れば良いのだな?」


「……彼女に悪影響は?」


「無いとはいえぬな。だが、私の存在を立証させるためには、実像を見せる必要があるのではないか?」


 それはその通りなんだが……正直、彼女に悪影響が無いかちょっと心配なんだよな……。


「感触的に、多分、数十秒程度であればなんの影響も無いと思われる。先ほど頽れるなどと言ってしまったからな。警戒しているのだと思うが……何か不確定な障害発生確率は……約0.0005%程度だな。実際、復元過程では五分以上、自分がコントロール出来ていない空白の時間が存在したしな」


 こいつ、分析力高いな。%の計算が速い。自分の力量というか、周囲周辺との比較分析が当たり前の様になっているんだろうな。


「そうか。なら……見せてくれるか?」


「判った」


 彼女の枕元に……黒いシミのような物がジワッと……広がった。深淵の黒。そして……原初の黒。何故か宇宙の始点は闇であった……という学説を思い出した。


 ああ、この黒いシミが量があれば粘土のように見えるのか。


 そして消えた。


「これで良いだろうか?」


 彼女の目が開いて、まばたきし、そしてその口からショゴスが語る。多分……彼女の仕草を真似ているんだろうと思うけど、まばたき一つでなんとなく感情が宿っている気がする。芸が細かいというか。


「ああ、これでおおむね……お前……ショゴスの言い分が事実に基づいているということが理解出来た。すまんな。自分の目で観なければ納得できなくて。ただ……お前のような生命体? を見たことも感じたこともないからな」


「……それは仕方ない、理解する。私もこの……形を、そもそも、自分の存在に気がついたのは、万里と出会ってからだからな。それまではそこにあった……だけだった」


「……現代日本社会で……だよな?」


「ああ。そういうことになる」


「なんというか、お前のような存在は見たことも聞いたこともないのだが」


「……その辺は私も判らない。私も自分自身について、万里と共に調べて見たのだが、情報を一切得られなかったし、そもそも、こんな自分が存在していていいのかすら疑っていた。軟体動物……ウミウシやスライム等に類似した自分が「人間と意志の疎通が可能」であることが理解出来ない。万里と、いや、人間と私では構造が完全に異なるのに、会話が出来るのか、意思疎通ができるのかも判らない。今、何故、ここにいるのかも判らないだけでなく、そもそも根幹が判らない」


「そうか……」


 正直、ちょっと俺が理解出来る範疇を超えている。


「森下。この現状……何か気付けることがあるか?」


「ございません……正直、様々な能力者、能力を見てきましたが……。今回のショゴス……さん? の様な存在に遭遇した記憶になく」


「ショゴスと呼び捨てで構わない」


「はい、判りました。では今後そのように」


 うーん。俺よりはかなり、裏社会に詳しい森下でも……皆無か。


「シロメイド長に確認をされては……」


「ああ! そうか! ここは……どうなんだ?」


(シロ。シロ……あれ?)


「連絡が取れない……な。領都……は圏内になったんじゃ無かったのか?」


 アンテナチップの有効範囲は……確か……領都リドリスは完全に越えていたと思う。


 それこそ、リドリスで行われていた緋の月の活動というか、会議の模様まで、諜報できていたのだから、間違い無い。


「どういうことだ? 何か……あったか?」


「心配です」


「インした直後にチェックアウトはちょっとおかしいが、急いで戻るか」


「はい」



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