370:ひび割れ

 マントを取ったその顔は薄汚れていたが、確実に少女だった。目鼻立ちがハッキリとしていて……まあ、クラスに一人二人は居るマドンナクラス……といった感じか。普通よりは可愛いくらい? 美少女とは言い難いが、好きな人は好きといった感じか。美人度で言えば、隣の森下の方が上だ。……と思う。


 下に着ているのは制服だろうか?


「どうする? ここは信用してもらうしかないんだが……」


「あの……村野さんは……その、最近TVや新聞で騒がれていた自爆だかなんだかで死亡した懸賞金五億円の国際テロリスト……の方と同姓同名……の様な気がするのですが……」


「……」


 森下の方を見る。あれ? ちょっと怒った顔で頷かれた。そうだった。俺。テロリストで間抜けな感じで自爆死したことになってるんだった……。というか、森下、その事、まだムカつくのか。


「うーん。説明するのが面倒くさいんだが、それは俺の事かもな。怪しいから、助けはいらないかい? それならそれで、帰るんだけど」


「い、いいえ……こうして会話が出来ている時点で……貴方に報道されていたような凶悪犯罪の匂いを感じません。すいません。聞いたことがあった名前でしたので。つい……」


「確認したくなるよな。そりゃ……でも、もしも俺が犯罪者でそれを隠しているとしたら、最初に手の内を明かしてしまうのは愚策だな。下手すれば命を奪われていたかもしれない」


「あ。そ、そうですね……」


 この娘、話し方や言葉選びからして非常に賢いんだと思うのだけれど……。どこかチグハグだ。どういう事なんだろうか。まあ、うん、確認しなければいけないことがなぁ……。


「体調……は? それほど衰弱していない様に思えるんだが」


「……この……落ちていたリュックの中に……結構沢山入ってて……それで……」


 見れば、少女の足元に魔術背嚢が置いてあった。ああ、確かにそれなら、どうにかなる……か。冒険者が残したと考えれば無いわけじゃ無い。

 初心者向けダンジョンとはいえ、下層にチャレンジするのであれば干し肉に堅パン。ドライフルーツ、さらに水も、十日分くらいは入っていてもおかしく無いし。


「それで……君の名前は?」


「? 御主人様、先ほど、佐久間万里さんと……とりあえず、まずはダンジョンを出……」


「ああ。それは聞いた。私立史央中学一年ってのも聞いた。俺が聞きたいのは……そこじゃない。お前は誰だ?」


「……」


「言わないのであれば、協力は出来ない。我々はここを去る。全て自分でどうにかしろ」


「……もう、残り僅か……なのです。ですが、村野さんの力なら……生き存える。その力を得れば……もう少し……生きられる……」


 佐久間万里と名乗った少女の声に……ひび割れが出来た。さっきまでの無理に低い声で話していたものとは別の……まったく違う声。


「お前、その娘を喰ったのか?」


「……喰らうはずがない。喰らうはずがあろうか。万里は私のパートナーだった。理解者であったのだ。お前達の言葉で言えば友だ」


「な……」


 森下が身構える。いつの間にか手には、メリケンサックを手にしている。大きい得物は背中の魔法背嚢の中だ。


 森下の怒りゲージマックス状態って感じだろうか。能力による「傀儡」、洗脳のような状況等、自らが被害者なだけに一気に思い出したのかもしれない。


「肉体の再生には成功した……が。どうにも、彼女が戻ってこない。魂が戻らぬのだ。どこかに漂っているハズだ。いや、ここが……万里の読んでいた小説によく出てきた「異世界」なのだとしたら、世界を渡った際に弾き飛ばされてしまったのか。教えてくれ。村野とやら……。私はどうすれば万里を助けられる?」


 少女の目から、涙が溢れた。若干感情が感じられないが、これが精いっぱいなのかもしれない。


「まずは答えろ。お前は何だ? どうやってここに来た。なぜ彼女を巻き込んだ?」


「私は……私自身が良く判らない。これは本当だ。万里と接触したのは、彼女がまだ、小学生の……二年生の頃だ。彼女は、私をネンドロンと呼んだ」


「ネンドロン?」


「粘土の様だとと言っていた」


 ああ。油粘土か。図工とかで使う。というか、小学二年。今から四年くらい前か?


「私は……あの頃も弱っていた。何があったかは判らぬが、存在が消え去りそうだった。自我とやらもほとんど無かったと思う。ただただ、本能のままに生き残りたいと考えていただけだ」


 ちっ。二重人格とか……その手の精神的なアレじゃ無いか。


「万里は……私に栄養を与えてくれた。ペットに餌を与える様な感じだったのだろう。彼女の家はペット禁止で犬を飼うことに憧れていた」


「判った。仮にここまで信じたとして。ここに来た時のことを」


「判らない。日数も曖昧だが……既に半年は経過している。万里の……この身体を、そして装備を再現できたのはここ二十日くらい前のことだ」


「再現?」


「万里と私は気がついた時には、ここにいた。予兆も感じられず、何の対策もすることが出来なかった。ここに放り出された時、万里は肉塊と化していた。ワケがわからない。友だちと図書館に行く予定で家を出よう靴を履いたその瞬間に……肉塊となっていたのだ。人間という生物、日本という社会、地球という星の生態系では、私が、万里が知らなかっただけで、この様な現象が普通に起こるのだろうか? 教えて欲しい」


「そんな話は聞いたことがないな……」


「そうか。そこからは先ほど言った通りだ。時間が掛かったが……私は肉塊と化した万里を元に戻そうと、再現し始めた。私は、長年万里と同化していたからな。彼女のことであれば細胞単位で覚えている。彼女にはとにかく世話になった。何とか。何とか元に戻したいと願い、ここに来る直前の状況にまで復元できた……と思う。だが。彼女が「いない」のだ」




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る