362:リドリス某所
小さな……魔道具の灯りが影を作る部屋。それほど大きく無いテーブルを囲んで、数人が深刻な表情で語り合っていた。
「どういうことだ……」
「ナナシが向かったのは確かなのだろう?」
「ああ。だが……完全に行方が途絶えた。ヤツは……我々と同じく主様に拾われた口だ……裏切る事だけは無い」
「これまでも暴走……勝手な行動は多かったと思うのだが」
「今回もいつもの通りだったのだろう?」
これまでも、七神将、通称ナナシは勝手な行動を取り続けてきた。唯一聞くのは、主様の直接の命令のみ。その辺は、ここに居る全員が振り回された過去があるため、身をもって理解している。
「もしや……やられたか?」
「まさか。素行不良とはいえ、十二神将で最も魔力が高く、実戦も経験してた彼奴が? やられたというのは……この国にそれが出来る者がいるというのか?」
「カンパルラに……何がある?」
「……」
全てはそこだ。深淵の森に最も近い、最東の城砦都市カンパルラ。全てはそこから始まっている。優れた錬金術士であるエルフ達が特製ポーションを作成しているだけでは無かったのか? その余力で夜光都市を生み出した……のでは無かったのか?
「我々にしてしても、商隊規模で人員を失っているし、何よりも伍を失っているのだ。それがナナシも仕留めた……と考えるのが正しいのではないか?」
「アクリセ……か。ああ……。単独行動が多くて、我々にすら術を隠していたナナシと違って……ヤツの実力は良く判っている。そもそも、彼奴が「何の手がかりも残さず」にやられることが有り得ようか?」
「有り得んな。迂闊にも罠にでもはまって……捕らえられ、殺されることはあるかもしれない。だが、そんな時はそれ以前に自分を見張る者を配置して置くのが当然だし、残された仲間にそこまでの情報を託すのが当たり前だ。というか、無駄死には……自らが生きて来た全てを汚す」
「ああ。アクリセも我々と同じ考え方だったのは間違い無い。私はそこまで深い仲では無かったが、どう考えても自ら降る様な者でなかった」
「早めにこの情報を入手出来たのは幸いだった……」
「慌てて追いかけようと編成している途中だったがな」
「「魔力感知」の使い手がいて良かったな」
「ああ。それにしても……あそこで何があったのだ? あの惨状は明らかにナナシの範囲呪文なのだろう?」
数人が頷く。
「間違い無い。アレと同じ現場を……数回見たことがある。ホダラ王国の補給部隊を一晩で消し去った時、伝染病を広めぬためにゴカウラの村を三つ消し去った時。ああ。この中に見た者も多かろう、アベント要塞の鉄鋼門をグズグズに溶かして使い物にならなくしたのもアレだな」
確かに……とさらに頷いた。あの時も荒野が出来上がっていた。だが……その荒野にはナナシが倒れていた。異変に気づき駆けつけた我々が救出しなければ為らないほど、ナナシ……七神将の「炎のグレーリオリザラ」は衰弱していたのだから。
「以前よりも経験を積み……強くなっていたのではないか? なので、そこで倒れていることもなく、何処かへ立ち去った」
「無理だな。あの術は、本来人には扱えぬ複雑な作りをしているらしい。人であれば、使用すれば確実に力尽きる……そういうモノだそうだ」
「ということは……その後、魔力が消え去った事から合わせて考えれば。何者かに敗れ、消された……と」
「そうだな。キシャナ隊とアクリセとナナシ。が破れ……何の手がかりを残すことなく、息絶えた。つまりは、誰かと戦い敗れ、消されたということになる」
「ありえん……」
信じたくない気持ちは良く判る。特にナナシは……人格的には嫌われていたが、その分、実力は確かだった。というか、実力のみで我らが帝国で、神将にまでのし上がったのだから。
「騎士としては不適格、埒外。闇の者としては粗雑。自己顕示欲も強く、必要以上に敵を攻撃する傾向もあったな」
「ああ。特に魔族討伐遠征で敗れて帰ってきた後は……かなりおかしくなったと噂が絶えなかった」
「……とにかく、主様に確認を取れ。我々に知らされていなかったとはいえ、ナナシは主様の命で無ければ……こんな東の果てにやっては来まい。となると、幾ら主様でも……ナナシがここまで「役立たずにやられる」とは予想していないハズだ」
「判りました。とりあえず、指示を待ちましょう」
「それにしても……情けないな。我々がここまで追い込まれるとは。少しでも事前に察知出来なかったのか?」
「お前は……ナナシがあそこに向かっているのを察知し、それを確認し、何が起こったのか監視できていたのか?」
「……」
そう。緋の月の……十本のうちの四本、既に弐、参、漆、玖が揃っているにも関わらず、今回のナナシの件、全てを見逃してしまったのだ。
「つまりはそういうことだ。我々の……いや、もしや主様ですら予想もつかないことが……起こっている可能性が高い。いま一度慎重に事を進める必要があろう?」
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