358:火の魔術師
おお! 小さな……炎の竜巻? 形状の渦が……確かに踊ってる様に見えるな! 見える! こりゃすげぇ! どうやったら、あんなになるんだ?
犬は相変わらず、火塊を吐き出し続けている。良く見れば、その速度は、投射物としてはもの凄く遅い。自動車くらい……だろうか。六十㎞/hかその辺かな。
それに比例して、ふらふら、ひらひらと素早くターンしながら俺に向かってくる「舞う火の渦」。こちらは……離れて見ているとそれほどスピードは出ていないように見えるが……実はもの凄く速い。時速百㎞/hは出ている。多分。実はもっと速いかもしれない。
この緩急はもの凄く複雑で……遅い方の火塊に合わせて、臨機応変に襲いかかってくる。初見で避けるのは難しいだろう……。でもなぁ……。
俺は……俺の周りに白炎のプレートを回転させ始めた。三枚。アレだ、喫茶店なんかでよくある銀のトレイが俺を囲う様に球形の軌道で周回している。
まあ、実際に回ってるのは銀に見えて、白炎製なんだけどね。
「俺の……火を……火で防ぐだと! なんだと! そんなごどがががががが!」
ああ、そんな風にキレると脳溢血とか、よく言う頭に血が昇って……えっと、憤死だっけ。ね。戦闘に負けて死ぬんじゃ無くて、激怒で死ぬことになりそうだ。
「憤怨の炎、我が腕と共に現世の怨みを燃やし尽くせ! 嫉め蔑め溜飲を下げよ! 我が同胞の報いを受けよ! モヤスハニクキテキノセンペイ!」
ほうほう。っていうかさ……・
(これ、詠唱でどんな術を使ってくるのか大体判るんだけど)
(はい。古代の言葉を使用して、その言葉が判る者にしか理解できないようにしている……ワケでも無いようですし)
(そういうものなのね?)
(多分ですが……先ほどから彼が使用している火の魔術は非常に高度なモノだと思われます。何と言っても、通常の……現在使用されている言語での詠唱に加えて、魔術を扱うに適していると言われている古代エルフ語まで使用していますし)
(それってどういう効果があるの?)
(多分……予測ですが、効果のかさ上げです。魔力を1.5倍程度消費しますが、効果……この場合は火ですから、火力、延焼力、破壊力、全てにおいて五倍程度にはなっているかと)
……それでこの程度か。
(
(まあ、そうだね……)
(あの汚い人、多分、ここまでになるために、人生を捨ててきたのだと思うのです。レベルが上がりにくいにも関わらず、ここまで……って、
あ……。
(今するよ……)
名前 グレーリオリザラ
天職 魔術師
階位 42
体力 53/55 魔力 63/93
(あっ)
(ん?)
(魔術師……です。これはもの凄いことですよ)
(ん?なんで? レベルだけなら俺の方が高くない? あれ? そう言えば、最後の「し」の漢字が違う?)
(魔術師は、魔術士の上位天職です。私が所持している過去の情報では知っていました、が。こちらの世界に戻ってから、初めて見ました……彼は使う魔術属性から、火の魔術師といった所でしょうか)
おおう。確かにそれはスゲぇ。現状、俺には上位天職の名称、さらに転職、ジョブチェンジの条件すら開示されていない。
(そんなレア情報がこんな所で……)
(まあでも、どうやって転職しましたか~? なんて聞いて教えてくれるような状況じゃ無いですよね)
(無いね~現状絶賛、殺し合い、果たし合い中)
(残念です)
えーっと何だっけ、グレーリくんだっけか。準備が出来たのだろう。
彼の腕が燃えている。そして。その両腕を振り回しながら、そしてさらに、犬と共に俺に突っ込んで来ている。
当然だが、臭そうなので、俺はバックステップと共に逃げの一手だ。
ブオウ!
空気が熱によって歪められ、蜃気楼を生み出している。それが視覚を奪い、周囲が全体的に歪んで見える
ああ、そうか。避けたは良いが、こうして、視界を奪われ、さらに熱によって体力も奪われ、最終的には燃えてしまうって感じか。
確かに……グレーリくんが腕を振り回した後は草木が燃え、燃え尽き、森の木々が一瞬で黒い大地と化した。
そう。ここ大事。先ほどから戦闘が行われているこの場所は、鬱蒼とした森のかなり奥だ。ヤツはここで俺を待ち構えていたのだ。
もしかしたら、俺の正体をエルフと予想して……森を燃やすという行為に、生理的な嫌悪感を感じるエルフの心情を刺激して、イライラさせる目的があったのかもしれない。
まあこのレベルの使い手……えっと魔術師を潰すためなら、森が一つ失われても仕方が無い……と考えている俺には理解出来ない思考だけど。
という側から、木々や草が薙払われていく。
ああ、当然、無駄にやらせるつもりはない。森全体に「水生成」「水流操作」によって、分厚い水の膜は作られている。だけど。目の前の、臭い魔術師には相性が悪すぎる。
彼の火力が高すぎるのだ。
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