343:狭めの間取りでの戦い

「お見事」


 これは正直、ビックリした。


 一撃で殺されるような事は無いと思っていたが、攻撃を当てることが出来ずに、翻弄される……だろうと思っていた。


 それくらい、ヤツは速かったのだ。


「ですが……これ以上の強さの魔物は……避けた方がいいかもしれません」


 お。松戸が慎重だ。


「そうですね……今のも、二人でギリギリでした。貴子先輩の鞭がヤツを拘束できなかったら……やばかったですよね」


「ええ、そうね……それこそ、あの固い毛で滑らされてしまって、鞭が食い込まなかったら……そして、パワーがもう少しあったら、本気でどうにもならなかったかもしれません」


「ということですー御主人様。今のヤツと連戦お願い出来ますか~?」


「ああ、分かった。というか、ハイオークのパーティと、ライカンスロープの繰り返しとかにしようか。メリハリがないと、訓練が単調になる」


 本当は、ライカンスロープをボスにして、迷路っぽくすれば、ボーナスもそこそこいきそうだけど……まあ、いいか。フロアの形を変え、広い場所での戦闘、狭い場所での戦闘を経験できるようにする。


 狭い場所でのライカンスロープ戦が気になったので、再度、見守りでついて行くことにする。


 舞台は小さな部屋。どこかの会議室だ。許容量として五人くらいだろうか? 六畳よりちょっと狭い。


 森下が扉を勢い良く開ける。


グオゥ!

 

 小さい咆吼。


 それと同時にライカンスロープが森下目掛けて飛びかかった。


 懐に入るかの様に、踏み込む森下。低い体勢のまま、脇へ回り込む。両手剣は床に置いて、柄の部分を指に引っ掛けて、回転させた。


 握り、そして真上に振り抜く。


 ほぼ真下からの攻撃を、ライカンスロープは避けた。まあ、右腕、肘の端っこが斬り落とされたみたいだけど……。


 裂けた狼男は、反射的に飛んだ。壁を利用して、多方向からの攻め込みを見せる。天井、壁を蹴って、床を跳ねる。とんでもない速さだ。だが。


ビシッ!


 そうか。この狭さだと、松戸の方が厳しいのか。


 森下は両手剣を、壁などお構いなしで振り回している。松戸の鞭は、薄鋼の鞭ではなく、ファイバー鞭に変わっている。使い慣れていることもあって、戦う際に使用する長さを調節できるんだそうだ。


 さっきまでと違って、拘束するような感じではなく……斬り裂くような感じで鞭が唸る。

 

 狼男の注意が松戸の方に向く。正直、松戸の鞭の威力は大した事が無いのだと思う。ビシビシと……何回も当たっているが、血が噴き出すことも、斬り裂くような事も無い。


 それでも。


ビシィビシッビシッビシィ……


 鞭が唸る。なんていうか、常にどこかが当たっている感じなんだろうか? 何本も鞭を持ってるワケじゃ無いよな?


 その凄まじい回転数に、狼男は動きを阻害され、身動きが出来ない。なんだこれ。ハイオークくらいの質量があったらやばいのかもしれないけど、これくらいの……人間サイズよりもちょい大きいくらいの魔物なら、こんな風にストップ出来てしまうのか。


 そんな足止めを……見逃すわけがない。


ガシュッ!


 肩から太腿へ。真っ直ぐに切り下ろされる。本当は、肩から袈裟斬りに斜めに刃を進めたかったのを、体の向きを変えて、致命を裂けたのだ。スゴイ本能だな。


 そして、最後の一撃なのか、「まだ」ある方の腕が振り下ろされる。


ピキッ!


 その腕の先……手首をファイバーの鞭が絡め取った。鞭などで敵の行動を抑える場合、先端であるほど簡単に動きを拘束することができる。


 再度動きが止まった狼男を今度はキチンと斜めに斬り落とす森下。もの凄くゆっくりだが……鞭によって止められた体は、反応できないようだ。


 先ほどとは逆の袈裟斬り。両手剣は今度こそ、確実に息の根を止めた。


「……やはり、狭い場所では薄鋼の鞭は厳しいか」


「そうですね。角度が非常に大切になる武器ですから……取り回した際に、壁などに当たってしまうとキチンとコントロール出来なくなります」


「いざとなれば、これもありますしね」


 森下が、グロッグ19を取り出す。ああ、そうか。この二人はそれも常時装備だったか……ってそのスカートの中さ、どれだけ武器が入ってるのよ……。


(そこは乙女の秘密なのでは?)


「御主人様、ちゃんと固定してありますから、動き難くも無いんですよ」


 森下が俺の視線を感じたのか、説明してくれる。


「パンツ系、ズボン系の方が動きやすいんじゃないの?」


「それはそうです。ですが、隠すことが出来ませんので」


 スカートは……その中に武装を隠し持つだけでなく、足運び、足さばきを敵に悟らせない為に重要なんだそうだ。

 

 特に、足運びは非常に重要で、下半身をどのように動かすのかをばらしながら戦うのは、剣術武術の世界では得策では無いらしい。


「そもそも、古武術、古式剣術などの技や動き、作法は全て、袴を佩いた武人によって作られた物が多いわけです。となると、これくらいのスカートの方が本来の動きに相応しいかと」


「まあ、そう言われてみれば、そうかな……師匠もそんなこと言ってたね」


「はい。まあ、師匠クラスになると、この様な小細工無しでも問題無いのかもしれませんが」


 とりあえず。


「んじゃ大丈夫かな?」


「はい。ありがとうございます。非常にギリギリなバランスであると思われます」


(シロ、このフロアに出たり入ったりする権限を松戸、森下に付与出来る?)


(可能です。眷属待遇になります。分かりやすく言うと扶養家族扱いですかね)


「このフロアに飛んでくるのと……あと、戻るのは、そう口にすれば、シロが運んでくれる」


(扶養家族……まあ、扶養控除というか、扶養者特別待遇?)


(はい、そうです)


「扶養者特別待遇だってさ」


「まあ。扶養! なんて素敵な言葉」


「ステキ!」


(戻った時に【回復】【修復】【洗浄】も可能だよね?)


(はい、勿論)


「操作室に戻ると、自動で、体力回復、身体&装備の修復洗浄が行われるから、危なくなったら「帰還」と叫べば安心だから」


「それらは全て、シロメイド長が?」


「うん。シロは管理者だからね」


 これで、俺が居ない時も、二人は訓練が可能と。


 


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