342:ガオガオだお

「よし。次のフロアだ」


レベル64 ライカンスロープ S 獣人族


「所謂……狼男だな。これまでとは格段に高レベルだ。ヤツ、速いぞ。しかも剣の対処にも長けている。まあ、ヒントはここまでだな。相手は単体。戦ってみてくれ」


「はい」


 この二人の良いところは、俺が後ろにいるから……と、手を抜いたりしない所だ。

 訓練が命のやり取りに直結するということを、幸か不幸か、身体で知っている。


 特に、訓練で強敵と戦えることの幸運を感謝するくらいには。

 なので異世界大好き森下でも、超絶定番、海外のその手のドラマなんかでは大人気な狼男が出てきたのに茶化さない。


ガキシッ


 まず驚愕。根本的な質量差があるにも関わらず、両手剣は狼男の爪で止められた。森下の仕掛けは、範囲外からの飛び込みで一撃。


「チィッ!」


 森下の舌打ち。今の最初の一撃は良かった。が、それを真っ正面から受け止められてしまった。


ザシュっ!


 一瞬の隙を付かれて、長く鋭い爪が森下の脇腹を薙ぐ。切れ目が入る。薄らと血がにじんでいる。


 速い。


 まあ、アレだけ見事に隙を付かれて、あれ位のダメージなら何の問題もないといえる……。

 多分、爪を受ける瞬間、その逆に身体を流している。純粋に打ち身も大した事はない様だ。


 が。強化作業を行った本人としては少々不本意だ。


(布の服をどれだけ強化しても限界があります。ライカンスロープのレベルは64です。冒険者の服+3で防げるはずが無いですよね?)


 まあ、うん、そうかな。つまり、冒険者の服よりも防御力の低いメイド服なんだから、ヤツに斬り裂かれても不思議じゃ無いと。そういうことな。


 それにしても……滲む森下の血を見て、改めて……思う。


 色々な部分で類似しているので、忘れがちだが、この世界は、向こうの世界と物理法則が異なっているのを忘れちゃいけない。

 まあ、でも、工房で生活していると快適な上に食生活も豊かだからなぁ。

 

 まあ、松戸は匂いで再認識してるか。彼女達には、防臭、脱臭、認識阻害の効果を重ねたピアスを装備させている。でも、松戸的にはまだ臭いそうだ。


ガインッ……


 最初の一撃を受け止められてから、森下は受身のままだ。狼男のスピードに、押され気味になっている。


 まあ、正直、あの速さに魔力的な強化を行わずについて行けてる、追いかけていけてる彼女達の動体視力は……ぶっちゃけ、ちょっとおかしい気がする。


(俺はさ、強化してるからいいとしてさ。彼女達はなぜ、あの速さを認識し、対応出来ている?)


(まあ、その強化も……魔力操作による強引な身体強化です。詩人歌や付与術で無い限り、その様な自身の肉体強化は行えないハズなのですが)


(俺の事は良いよ。出来ちゃったんだからさ。それよりも彼女達だ。さすがに初見で狼男に対応出来るとは思って無かったんだけど)


(……ええ。対応出来ていますね……。彼女達のレベルは確実に、ライカンスロープよりも低いはずです。にも関わらず、相手の動きに応じて、確実な行動を行っています)


(おかしいよな)


(はい。おかしいです。現に……ライカンスロープへの攻撃はあの長い爪によって防がれています。これはレベル差が如実に表れているかなと)


(彼女達の動きも狼男よりは確実に遅い。なのに)


(はい。なのに、攻撃を躱し、攻撃を受け、さらに攻撃を加えています)


ジサッ!


 横に凪いだ両手剣が狼男の腕を抉った。攻撃のために伸ばしてきた瞬間を狙って、カウンターを合わせたのだ。いや……それって……どういう速さに対応してるのか? ってことだよな? 


(レベルが高いってことは、防御力も高いってことだよね?)


(はい、そうなります。例え魔術が使えなくても、魔力も高いハズですし)


(だけど、+2が付いているとはいえ、鋼の両手剣で傷付けることが可能?)


(分かりません……ライカンスロープの皮は高級な皮鎧の素材になるくらいの強度を持っています。それを……。それだけ技量が高いということなのでしょうか?)


(いや、俺に聞かれても……)


(はい……そうですね)


 ああ、しかも、狼男は……完全に森下に向かってしまった。動きから予想するに、松戸も確実に、動きを追えている。追えているということは……。


ビチンッ!


 ギリギリギリという締め付けるような音がもの凄くキツイ状況を物語っている。あの速さの魔物を鞭で……絡め取れるのか……よ。


 首を狙った……のだと思うのだが、さすがにちょっとズレたのか、こめかみ辺りに鞭の先端が巻き付いている。アレだと……多分、手首の返しや、角度等を利用して、斬り裂くことは不可能だろう。


 だが。完全に……動きが止まった。さらに丁度、鞭が視界を奪ったようだ。これくらいのレベルだと視力などお構いなしに動きを読んできそうだが、それでも、一瞬の隙は生まれている。


ズンッ


 踏み込まれた右足。それを軸に、地を這うような軌道を描く両手剣。完全に力の入った一撃は……下段から膝下を一閃。さらに、逆から腰を寸断する。


 二撃一閃。振り切った勢いを手首の返しで強引に反転させて、二箇所を一瞬で。


 森下の技なのか、力技なのか良く判らない一撃が、狼男の下半身を斬り刻んでしまった。

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