334:辺境騎士団の役目

 副団長の噂話は、即日、俺に伝わって来ていた。まあ、ディーベルス様経由だから当然だけど。


 正直なコトを言うと、緊急呼び出しを受けたわけだけど。


「サノブ殿……」


「いやでも、治せるかも? って思ったら、治すでしょ? ディーベルス様も」


「まあ、ええ、確かにそうだがね、可愛い妹弟子だ。感謝しかないのだが」


「カンパルラの奇跡って事で流すしか……」


「ああ。そうなんだがね。追求と、説明が」


 ディーベルス様、辺境伯みたいに笑って流せるタイプじゃないからなー。

 あと、領主になり、貴族になった事で、敬語とか丁寧語とかをやり直しになっているらしくて、口調がちょっとおかしい。子どもが威張って偉そうにしている感じで、ちょっと笑いそうになってしまう。


「このままだと、国中の、いえ、周辺国からも、身体に傷痕のある者がカンパルラに集まって来るだろう。私は知らぬ、存ぜぬを通すが……」


 まあでも。


 結論として、この奇跡は比較的速く収束する。同じ体験をするなら、副団長と同じ事をする必要がある……と、噂が広まったからだ。


 この国に、たった一人でダンジョンに潜れるような者は少ない。それをクリアしていて、何とか傷痕を治したいと思う者はさらに少ない。


 あれは辺境騎士団副団長だからこそ、発露した奇跡……と、御伽話かのように語られる事になる。


「しかし……綺麗に消えたね」


「うれしいです〜でも、実家が途端に〜掌返しで婚姻話を〜一蹴しましたけど〜」


 アーリィは現在、辺境騎士団の副団長なので裏方としての仕事がメチャメチャ多い。これから本格始動しようという組織なのだから、書類仕事が山積みなのだ。

 それこそ毎日、各隊長が面接をした騎士候補の報告書をチェックしないといけない。自分で書いてきた履歴以外に、純粋な武力、背景となる貴族、元々所属していた組織での評判、何よりも、他国の裏社会に繋がる人間かどうかの履歴チェックも行うそうだ。


 さらに、辺境騎士団は新設なので、新規施設の建造も大変だ。騎士団本部と幹部用の宿舎は完成しているものの、騎士、従士の新宿舎、厩、訓練場、馬術場と多岐に渡る。


 話を聞くだけでも面倒くさい。


 まあ、当然デスクワーク中心となり、辺境騎士団本部から動けない。


 なので、騎士団幹部用宿舎の彼女の部屋と工房を地下道でつないだ。

 時間短縮のため、副団長執務室は一階にあり、彼女の私室はその隣だったので、あっという間だった。


 衣装部屋に彼女しか通過出来ない鍵をかけた扉を作成して階段を地下道につなぐ。従士がドアをノックしたら、彼女に伝わるシステム付きだ。

 

パシャパシャ……


 なので彼女は現在、こうして温泉に浸かっている。


「毎晩は……平気なの?」


「平気なのです〜ついさっきまで、朝からズーッと書類仕事してたのです〜許されるのです〜」


 温泉が癒しになっているのなら、それは素敵なことですね。


パシャパシャ。


 そして、こちらのパシャパシャは、上級回復薬を掌に取ったパシャパシャ、だ。


 風呂場の更衣室を広げて(「大地操作」大活躍)、マッサージベッドを置いた。


 身体は、温泉で芯から温まっていう。裸のまま、仰向けに寝てもらう。


 で。


 よく見るとまだ、若干……薄い痣の様に残る傷跡に、ポーションを塗り込んでいく。

 まあ、もう、慣れた……かな。正直、松戸か森下にやらせたい所なんだけれど、彼女の方から特にと、お願いされたので仕方が無い。


 以前よりも遙かに時間をかけずに、きちんと塗り込めた。


「うん。とりあえず、もう、大丈夫……じゃないかな」


「ん~そ、そうですか~?」


「薄くなってる痕は、今後もしばらく、この上級回復薬を服用すれば……多分、目ではもう見えなくなるハズ」


「あ~りが~と……」


 んん? なんか、悲しげ?


「どうした?」


 二人で居るときには、副団長ではなく、恋人、旦那様、御主人様になって欲しいと頼まれたのだ。なので身分差を気にせずにラフに話す。


「終了?」


「うん、少なくとも外側から塗り込むのは終了でいいかな」


「もう~さわって~くれない? お風呂も~来ちゃダメ?」


 笑う。いやいや。


「いつ来ても良いよ。温泉もいつ入って良い。副団長がこの工房に公然と出入りするのは何かと目立ちすぎる。なので、地下道を造ったんだし、あのクローゼットの扉も君しか通れない鍵が付いてるのだから」


 顔色がパァ~と明るくなった。そんなに? そんなに?


「ちゅ~」


 いやいや、裸で抱きつかれましても。


「だって~もう少し~したら~一度~王都へ行くから……温泉も~入れないし~会えないし~」


「ああ、そうか。騎士団の人数が予定の半数に達したから?」


「そう~。なので、ポーションを~運ぶ~」


 リドリス特製ポーションを王都へ運ぶのも、辺境騎士団の重要なお役目だ。というか、敵国の脅威の無いカンパルラに騎士団を常設させたのは、そちらがメインと言っても間違いないらしい。

 騎士団の半数は「特製ポーション護衛」の任務に就き、半数は「辺境警護」の任務に就く。交代制だそうだ。

 

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