332:結論として
マツドに……なすがままでしてやられてしまった……。
身体を洗う……あの泡のような液体、そして、髪の毛を洗うシャンプーとリンス……という液体。どちらも石鹸と同じ効果を持つという。いや、そんなことは無いだろう。使用している最中から、とんでもなく気持ちが良いのだ。爽快感とでも言えば良いだろうか? 何もかもが違う。
マツドは私の身体を泡だらけにして、さらに、恥ずかしい部分を指で触りまくってきたが、昨日の夜のサノブの指を思い出して、なんとか我慢することが出来た。
あれほどの快楽は……多分、この世にはない。そもそも、異性でアレ同性でアレ、自分を含めて誰かに触られること自体が初めての体験であったが……そう断言できた。
「ああーこれは、素晴らしいな……」
身体を洗った(洗われた)後。再度、湯に浸かる。四肢を伸ばし、緊張していた筋肉を緩める。何かが浸透してくる様な、ゆったりとした波が、私を包み込む。
「素晴らしいですよね。このお湯には多くの効能がございます。現在判っているだけで、疲労回復、体力回復、打ち身、捻挫、神経痛の改善。エルフによれば、魔力の回復もかなりのものだそうです。そして。傷痕などの治療にも非常に効果があるという、データが取れております。お望みであれば、日に数度、湯に浸かると良いかと思われます」
私の傷を見て、そう言ったのだろう。共に湯に浸かってたマツドがそう言った。
だが。彼女の目は、これまでの側仕えや使用人から向けられていたような、冷たいモノでは無い気がした。
サノブの、彼の事を良いように思い込みたいだけかもしれないが。
たっぷりと湯に浸かり、浴場から出た。
「ほら。多分、あと数回のポーションの塗り込みと、入浴で、かなり目立たなくなると思いますよ?」
!
一瞬、何が見えているのかが分からなかった。この浴場の脱衣場の向こうが見えていると思っていたのだ。だが、こ、これは……こちらの壁、片側は、全面が……。
「巨大な、か、鏡なのか?」
「ええ。そして。今、そこに写っているのがアーリィシェ様で間違いございませんよ」
信じられなかった。あの……ゴツゴツとした、黒と茶と紫と黒の入り混じった様な色の傷痕が、柔らかな、瘡蓋の様に変化している。
何よりも……左の乳房が……ある。傷によって潰され、形を為していなかった左の乳房が……右ほどではないにして……丸みを帯びて傷痕をはね除けようとしている。
色も……所々堅く残っている所があるものの、それ以外は普通の肌より少々濃いくらいで落ち着いている。
元々、私は訓練鍛錬で外で活動する事が多い。即ち、普通の淑女の方々よりも肌の色が暗い。常時日焼けは当たり前なので、そこは気にしていなかった。
が。それにしても。
目の前の私は……傷痕が影のようになっているものの、両眼が、顔や身体の両側が見えている。こんな……だったのか。
私は。
私は、こんな容姿だったのか……。なるべく見ないようにしていた。姿見も避けていた。だから……自分がどんな容姿をしているのか、知らなかった。分からなかった。
「今朝方……此方にいらした時よりも、確実に薄まりましたものね」
「こんな、こんな事が」
「元々の傷痕がどれほどのものだったかは知りません。ですが。御主人様であれば。あの方であれば何もなかったかのように治す事も可能でしょう」
「そ、そんな……事が……それでは女神の……」
「神ではありません。実際にここにおられますからね。さらに全能でもありません。ですので、あの方を悲しませないで頂きたい。この様な、それこそ神の所業を為せる者が、何故、辺境騎士団副団長の、近衛騎士だった貴方様の耳に入らなかったのは何故でしょう? その辺り、御賢察ください」
ハッとした。
私は。今さっきまで、姫様にどの様に伝えよう、きっと喜んで下さる……等と安易に考えていた。
だが、普通にそれをすれば、当然、サノブの事を詳細に報告しなければいけなくなってしまう。さらに、今回、私のためにリドリスの特製ポーションや、ひょっとしなくてもそれ以上のポーションが使用された可能性が高い。
これは……明確に……サノブ自身が自らの事を隠そうとして動いていることに他ならない。
少し考えてみる。彼に私の傷を癒やせる力があるのは間違い無い。私が、私の家族が、王国貴族が何十年も……追い求めた治療を行える。これは……教会の聖女……など比べものにもならない、偉大な治癒の力だ。
名声を得、財を為すのは簡単だろう。
が。その分当然、厄介な……もめ事にも巻き込まれていく事になる。
それこそ、王族を含め、ローレシア王国全体で、彼の囲い込みを賭けた熾烈な争いが開始されるハズだ。その争いは……多分、内乱レベルでは収まらないだろう。下手すれば、国を割っての戦いとなってしまう可能性もある。
つまりは。私は当初の予定通り、迷宮深部で転移罠に遭遇し意識を失い、気が付いたら迷宮に倒れており……その際、何故か傷痕が消えていた……という明らかにめちゃくちゃな作り話をしなければならないということだ。
「大丈夫でございます。本当の事を言っても誰も信じない事でしょうから……アーリィシュ様が強く、御主人様を守りたいと思ってくださるのなら、貴方の言葉が真実となります」
「そ、そういうものだろうか……」
「そういうものです」
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