331:戸惑い

 あまり、よく覚えてないのだが……次に連れてこられたのは……これまでの窓の無い部屋ではなく、普通の……多分、城壁内の建物の一室……だった。


 彼は工房と言っていたので、一階が工房で、二階に暮らしている職人によくある感じだと思っていたのだけれど……正直、思っていたよりもはるかに大きい。


 広さだけなら貴族の屋敷レベルじゃないだろうか?


 彼は……サノブは一体何者なのだろうか? と考えてみるが、正直、思いつかない。


 カンパルラの新領主であるディー兄はエルフ達と固い絆で結ばれているらしい。そのエルフとの連絡役……は違う。彼では無い。


 確かあの男はノラムだったか……姫様がご執心のエルフの男……まあ、自分はその際に近衛として護衛任務を指揮しており、あまり現場に居なかったので、正直風貌はあまり覚えてないのだが。


 それにしても……サノブから受けた……扱いは……女性としての幸せ、尊厳を取り戻す為の重要な儀式の様に思えた。


 幼少から大柄であり、同い年の少年達とと共に訓練を行っていた。我がシャラガ家は武門の家だ。歴代騎士団長を何人も輩出しているし、現在も父親が国中枢で騎士団を支えている。


 女だてらに……とは言われなかった。むしろ、アーリィは将来騎士団長だなと褒められる事が多かった。


 九歳。騎士見習いとして、領内で発生した狂乱敗走スタンピードの制圧に参加した。領主の娘として気を使われたのだろう。主戦場とは逆の、所謂、裏手側の戦場に配置された。


 当然、安全面は確保された状態だと思われていた。


 が。


 領騎士団主力が大量発生した魔物と激しく戦い始めた頃。それとは反対側の戦場も混乱が生じていた。大爪熊アーレゲツと呼ばれる魔物の群れが、いきなり襲い掛かって来たのだ。

 

 私の所属していた隊は、その配置からも貴族子息を中心に構成されていた。初陣の者も多く、強敵のいきなりの奇襲にあっさりと瓦解した。


 私は初陣では無かったものの、六体の大爪熊アーレゲツの攻撃は凄まじく、蹂躙され、早々に意識を失った。


 気がついた時には既に、屋敷の自分のベッドだった。意識を取り戻すと共に感じ始めたじくじくとした痛み。あの日以来、常に感じ続けている痛み。


 まず、私は、木の影、藪の中に投げ出されていた。そうだ。そのため発見が遅れた。


 そして、最初に使用されたポーションの効きがおかしかった。後で判ったのだが、作成されたのがどれくらい前なのかが判らない、非常に古いモノだったそうだ。


 しかも、痛んでいたのでは? と言われている。


 遺跡などで発見されるポーションを含め、全てのポーションはポーション瓶に入れられている。そのポーション瓶の飲み口の部分が、歪んでいた……らしいとこれも後で聞いた。

 

 まあ、とにかく、その後どのような治療を受けても……私の半身には大きな傷跡が残った。傷痕は消えず……痛みも消えなかった。この緩い痛みは私の半身を苛み続ける象徴と為り……次第に支配していった。


 当初は、これだけの傷でよくぞ肢体無事に生き残ったと褒められたりもしたのだが、数年もすれば……顔を会わすことすらおぞましいと噂されるくらいには私の周辺を浸食していったのだ。


 私は、その日以来、少女として……そして女として扱われることが無かった。


 だからこそ、剣を取り、必死で訓練に参加し、自らの腕を上げ、さらに、騎士団運営に関しての様々なノウハウを先輩方に聞いて回った。そのおかげで、やもすれば、矢面に飛び出しそうな姫様をなんとかお守りすることが出来ていた。


 傷跡を……自分で撫でる。


 ああ。なぜ……あんなにも……彼に撫でられたときと違うのだろう。


 何もかもが違う。心地よさも、ドキドキも、さらに身体の奥底から湧き出してくる熱さも。


「アーリィシュ様……よろしいでしょうか? 体調などはいかがですか?」


「あ~ああ……問題無い……と思う」


 危なかった。ついつい、素の自分で答えてしまうところだった。彼女はサノブの使用人だという。確か、名前は……マツドか。どう見ても……武人、冒険者、いや、裏の者か。

 立ち振る舞いが美しく、そして……踏み込みが鋭い。隠すつもりも……ないのだろうな。何故だろうか? 彼女には裏の者独特の暗さが見られない。


「入浴なされると、心がゆったりできてよろしいかと」


「ん? 風呂がいれてあるのか?」


 入浴……ということは風呂だろう。温かい湯を用意するには、お湯を生み出す魔道具を運用しているという事になる。あの魔道具は非常に魔石を消費するので有名だ。サノブの素性が非常に気になるところだ。


「この工房の唯一無二、最強の施設が……こちらでございます」


 案内されたのは……なんと、温泉というらしい……入浴施設だった。

 温かい、入浴するのに最適な温度のお湯が、「地下」から湧き出している……それをここまで引いているらしい。


 そんな豪勢なモノに気軽に入って良いのか? と戸惑っていたら、沸いて出たお湯は、ただただ、下水に流れて行くだけだそうだ。なので、入らないよりも入った方がお湯も喜ぶ……と謎な理論を語られた。


「はいはい、ではでは、入りましょう。作法などはご存じですか?」


 マツドはノリノリで、私の服を脱がせると、自分も服を脱いだ。


「まずは、身体に湯をかけて、軽く汚れを流します。できるなら、先に身体を洗った方がよろしいでしょう」


「ああ」


 私は、とりあえず、なすがまま、言いなりで動くことにした。



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