327:籠絡

「すばらしいでしょう~なのよ~だから~わたしをめかけにして~つごうのよいときに抱いてくれるだけでいいと~言ったのに~こーとーわーるーのーですーよー? あの人は~それでこそ~ディーにーなのですけれど~ですけれど~ですけれど~」


 いや、やばい。現実逃避して、この世界の城砦都市社会生活における倫理感&平民の自衛と犯罪行為に付いて考えている場合じゃない。


 この酔っ払い失恋グチグチ女の対策を考えなければ。この手の流れは十中八九、絡み酒になる。というか、既になりつつある。


「いや、あの、副団長閣下、少々お酒の量が多くなりつつありますし……」


「も~も~みんなみんな、この傷を怖がってるし~あなた~だって、こわいんでしょーこわいんでしょーえーんえーん」


 いい歳してその泣き方は……。


「閣下はこの傷があったせいで、非常にお辛い目にもあったのでしょうが……それはすなわち、それを反動に、非常に頑張れたということなのではないでしょうか? 他の者には及びも付かないレベルの努力が。この傷痕だけではく、手の豆や、大きくなった筋肉。それらもきっと、貴方の自信になりつつも、自身を傷付けたことでしょう。それでも女性では到底届き得ない武の高み……に辿り着けた。それは貴方様の努力の結果でしかありませんが……」


「そう~そうそう~あのね~あのね~このね~傷がね~顔から太ももまであるんだけど~たまに攣るの~ビシッってなるの~それを~強引に~とにかく強引に引き剥がすのが~もの凄く痛くてもの凄く大変なの~」


 ああ、まあ、これだけの傷になれば……そうなるよな。というか、よく見れば、若干、筋肉の付き方も歪かもしれない。どうしても庇う感じに動いちゃうんだろう。


「それだけ見ても怖く~ない?」


「……ふふ。怖くはありませんよ。これでも、もっと酷い傷痕や……それこそ放置されたもの、千切れたもの、さらに酷い状態を見続けたことがありますし。遠い国で戦場を渡り歩いたこともありますので」


「そう~なの~貴方……も……なの~」


(シロ。シロ。仕組んだろ……これ……。どう考えても、偶然彼女のいる店に俺が入るなんて……確か、あそこの店が少々きな臭いって言ったの、お前だよな?)


迷宮創造主マスターであれば、副団長の傷=トラウマなど大した物では無いかと思いまして)


(なんだよそれ)


(次の緋の月との戦闘ですが……戦力の分散化、さらなる未知の魔道具の使用などが想定されます。その場合、「使い物になる」強者は確保しておくべきかと)


 ……まあ、そうか。というか、彼女、戦乙女の姫様よりも実力は上だよね。そりゃそうか。近衛だもんな。体格も遥かに恵まれてるし。


 恵まれていないのは……この傷だけ……か。


「!」


 あ。やべ。俺も酔っ払ってるのか……? ついつい、髪の毛からチラりと見えていた傷痕を指でなぞってしまった。


「ほんとう~に~き、気持ち悪く……ないのですか?」


「ああ、失礼しました。つい……色々なことがあったのだろうな……と。この傷のせいで……と思っていたら、つい。触れてしまいました。お許しください」


「気持ち悪く~ない?」


 おいおい、これ、現時点でもこの城砦都市最強なんだよな? 多分。


(はい。純粋な武力ではなく……魔力からの予測ですが……某姫様よりも上です……辺境騎士団の他の騎士達は押し並べて騎士団長、副団長よりも力は下になりますし)


(仕方ない)


「副団長閣下? その傷……治したいでしょうか?」


「治し~たい……治せるのなら、治し~たい。でも、傷が古くて深くて、既に馴染んでしまってるから、治療するのは難しいって~教会の癒術士の方が~もしも治せるとしたら、伝説の神王国の聖女さまくらいじゃないか~って」


「その聖女様……は判りませんが、試してみる価値のある薬に……あてがあります」


「判った~どうすれば~いい?」

 

 話、はやっ!


「……このような得体の知れない男の言う事を信じられますか?」


「ん~大丈夫って言ってる~私の中の声が~」


 本当に大丈夫なのか、騎士団。


「判りました。では。もしも、もしも傷が治った場合。言い訳が出来なければ困ったことになります。この辺のダンジョンで……古代遺産アーティファクトの出現が一番多いのはどこかお判りですか?」


「ん~と~確か「英霊の回廊」だったと思う~」


「「英霊」はここから南東……深淵の森の端でしたか。そこに、御一人で向かうということで、時間を作るは可能でしょうか? 閣下レベルの騎士様であれば、単独での調査も無茶ではないハズです。そうですね……三日くらい欲しいところです」


「今のタイミングなら~大丈夫~。辺境騎士団は騎士の面接で動けないし~私はそれを監督するんだけど~あと数日しないとその資料すら回ってこないって言ってた~」


「では、今から一度騎士団宿舎に戻り、明日朝、手続きをお願い出来ますか? それで合流を」


「ん~手紙を置いてくれば、多分、今からでも平気~早いほうがいいかも~」


「畏まりました。酔いは? 大丈夫ですか? 動けますか?」


 思ったよりもスッと……力強く、立ち上がった。傷が癒えるかもしれない……という情報は、彼女にとってそれだけの価値があったのだろう。


「ええ~大丈夫、大丈夫です~大丈夫」


「期待を持たせてしまって……もしもダメだった場合が少々恐ろしい気もしますが……」


「へいき~。これまでも何度も……何度も……あったから~」


「畏まりました。これがその最後になるように努力致しましょう。我が名はサノブ。カンパルラで商売を営ませていただいております。領主閣下には多少、覚え良くお使いいただいている縁とお思いください。以後、お見知りおきを。東門を出た辺りでお待ちしております」



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