325:女騎士の言い分

 短剣が唸る。多分、この女騎士が通常時に振っている剣よりも短くて軽いのだろう。とんでもない速さで取り回しが出来ている分だけ、残心というか、攻撃後の姿勢が微妙に崩れる。というか、適当。ああ、そうか。酔っ払いか。


「チャッシッ!」


 息吹。ああ、そういうの知ってる。ちょっと気合を入れるとそうなるんだよな。確か。


 まあ、多分、あの雑魚共を殺すつもりはなかっただろう。さっきまでは、こんな剣呑な気配はしてなかった。


 いつの間にか。


 殺気が乗っている。殺す気満々だろ? 俺じゃなきゃよけられないレベルになってる! というか、俺、剣士じゃないし! そ、そんなスピードは、感知できているが、避け、避けきれな……。


ガギッ!


 あー。やばかった。


【結界】「ブロック」を発動させた。まあ、うん。ちょっと無粋だけどね。酔いが回ってるのもあって、彼女かなり熱くなってるみたいだしね……。


 もの凄いビックリした顔をしている。


 そうなんだよね……この国の人。明らかに魔術士との戦闘に慣れてない。帝国、とりあえず、緋の月の戦闘員? との明確な差はそこだ。

 ヤツラは魔術を使える者はそれで攻めてくるだろうし、魔術でやられても対応出来ている。間違ってもビックリして動きを止めたりしない。明らかに模擬戦なり、演習、立ち会いで、魔術士と闘い慣れている風だった。


「がっ! まだ!」


 振り払う様に短剣を振り抜……。


ゴグッ……


「ブロック」が良い仕事している。幾重にも組んだ立体的な牢獄……既に彼女はどうやっても動けない。強引に振り払い、力を入れた瞬間に、それを自分に反動で返るように計算して消失、出現を繰り返す。


「ぬががあああああああ!」


 雄叫び。おうおうおう。獣か。図体に合わせたのかっていうね。


「落ち着け」


 吟遊詩人なんだからさ……歌でも歌うのが一番似合うだろうに。 


 腕を振り回せないと思った彼女は、胸を反らせて頭突きで俺に攻撃を仕掛けようとして……不可視の「ブロック」におでこをぶつけて、意識を失った。


ペシペシ……ペシペシ……


「起きろ。面倒だな……」


 意識を失って崩れ落ちた副団長を放置しておこうかと思ったが、さすがに守備隊動員とかになると、これまた面倒だ。


「癒水」で打撲、打ち身を癒やし、「魔力水」をカップに生成し、頭にかける。


「起きろ」


ペシペシ。


「……!」


「お前の負けだ。いいか。騎士であるなら、しかもかなり高位の騎士であるなら、もう少し冷静に考えろ。お前がここで暴れたことで誰に迷惑がかかると思う?」


 冷静に考えたのか、ハッとした表情になる脳筋女騎士。ああ、あれだ、こういうのが、オークに陵辱されて、らめぇになるのか。そうか。知ってるぞ。森下ほどではないが、俺だってダンジョンRPG好きのオタクだ。そっち系の小説はきちんと嗜んでいる。「なんちゃらと灰と青春」とか。


「よし。理解したな。店の者はトラブルを恐れていま、外に居る様だ。テーブルに迷惑料を置け」


 女騎士は、内ポケットから銀貨を数枚出した。


「行くぞ。着いて来い」


 正直、ここで、さっさとばっくれても良かったのだが……新領主の周辺、それこそ、姫様は武力の象徴だろうから、領主の武力に等しい。その武力の象徴を支えるべき副官が……がこの有様では、この先非常に不安になる。

 

 ……つまり、は。「説教」。俺の虫の居所が悪かったのだ。それまでシロと話していた内容も、なんとなく意識していたし。


 ということで、飲み屋を変えた。夜光都市であるカンパルラでは、夜間営業している店は非常に多い。やってる店は灯りが点いているので判りやすいんだよね。


「で? 行き過ぎだと思うんだけど。副団長」


「……ふ、ふくだんちょ~と~しては~迂闊な~こうどうだと~はんせいを~」


 まあ、あのドタバタからすぐ、文字通り頭を冷やして、即、反省している様だ。それは認めよう。良い反応だ。


「姫様の近衛としても行きすぎなんじゃないか?」


「あの~どこに行っても~アノ手のヤカラはいるので~殺さなければ~怒られないどころか~かんしゃ~されることも~多く~その~」


 ああ、そうか……正直、カンパルラの治安を前提に考えていたけど……他の都市では無法者が沢山いる。というか都市の城壁外側の貧民街では、略奪強姦誘拐……飲み屋での喧嘩なんて犯罪に入らない。城壁内、「外」の酒場でも……いくら騎士とはいえ女性が一人で酒場で飲んでいたら、襲って下さいと言っている様なものらしい。


「そうか……強者の義務か……」


 この世界では、強い者は、正しくあらなければならないという貴族の責務というか、なんだっけ……ノブリスオブリージェだっけか。貴族は高貴たる義務を負うだかかんだかってやつ。アレに似たような考え方が存在する。その手の自分に厳しい代表例が、ディーベルス様やリドリスの人達だ。

 自分がどれだけ追い詰められても、娘が死ぬ間際まで行っても、都市や領の財から私的流用しなかった。

 これ、現代日本からの常識から考えると当たり前かもしれないけれど、道徳や倫理観の曖昧なこの世界では、領にあるモノは全て領主のモノ。国にあるモノは王のモノ……なんていうムチャクチャな論理も成立しているのだ。


 そんな中、リドリスの人達が異常と言っても良いくらい、清廉潔白、なんだよな。なにその奇跡。

 俺が彼らに出会ったことには何か意味があったんだろうか? まあ……だから……貧乏くじを引いちゃうんだろうな……。

 

「ああ、つまり、街の無法者を退治するのは、強き者である君の義務か」


 こくん……と頷いた。


「まあ、そのなんだ、泣くな」


ぐすぐす……。


 ああもう……。とりあえず、理解はした。彼女にしてみれば、ストレス解消にして、街の掃除って感じで、一石二鳥の行動だったのだろう。


 理解出来るかどうかで言えば理解出来た。殺してないなら……まあ、うん……犯罪者撲滅運動だもんな。



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