312:厚顔

 一人称は念のため、僕にしておいた。なんとなく少年っぽく思われないかなって。姿形はぼやけてるだろうし。


「どうする? 僕とすれば今、ここでお前を殺すことに何の異和感も感じないんだけど」


「さ、宰相たる、この私を……」


「うるさい。お前にはもう、死以外、安心して眠れる日は来ない。リドリスを愚弄しようとしたこと。地獄で反省すると良い」


「な、何を、あ」


 手が。短剣で貫かれ、そのまま、ベッドに突き刺さった。血がにじみ出す。


「とぼけるな。答えろ。お前の指示だな? 今回リドリスに……いや、ディーベルス様を亡き者にしようと画策したのは」


「あ。ああ……私だ。ぐう。今回の特製ポーションの利権を全て、王家直轄にするために……」


「浅い……一国の宰相たるものが、この浅さか……そりゃ帝国に良いように操られるわけだ。うーん。殺しておくか。こんなレベルが宰相なんて……今後、クソな出来事が増えるだけか? うーん」


 ディーベルス様の暗殺計画は「最初から」だったらしい。

かろうじて救いなのは、王家は関わっていないことか。この資料が正確であれば。


 今回、ディーベルス様は直参として王家に直接叙爵されることになっている。だから、王都に来たのだが。

 で。その際にカンパルラ、及び周辺領土を下賜されることになる。そのため、既にその辺の土地はリドリス領より切り離され、一時的に王領となっている。


 これをこの宰相が利用したということになる。


 現在、カンパルラは王領。さらに、リドリス家次男にして代官ではあるものの、ディーベルス様は平民。この状態でディーベルス様が死ねば、カンパルラの利権は全て、王家に帰属することになる。この資料に寄れば、これはこの後、何代に渡って、特製ポーションによる利権よりも、権威を王家に明確に紐付ける為のもの……らしい。


「うーん。まあ、得た財産や知識を自分の物にしようとして、策を弄したわけじゃないのは認めてやるか。全ては王家のため、か。とりあえず……殺さないでおいてやる」


 王家に忠誠を感じていない俺には超絶迷惑だがな。


「だが、お前如きが企んでいい案件ではないことを思い知れ。その傷は一生治らんよ。特製ポーションでもな」


「ぐあっ」


 ということで、傷口を治らないように【結界】「正式」で覆う。手袋のように。血は通過する。若干だが。しばらくはそのままだろう。


 で。放置して帰ってきた。

 

 腹立たしかったが、この書類から判断するに、今回の件に緋の月は関わっていないようだ。特製ポーションという特異物が持ち込まれた時に、これはもう、確実に王家の利権にしなければと動き始めていたらしい。


 まあ、とりあえず、もういいか。ディーベルス様、及びリドリス家に何か異変があれば、一族郎党全て消す……と、念押しもしてきたし。


 とりあえず、屋敷に帰って、そのままベッドに潜り込んだ。


「帰りまーす」


「お? あ、ああ、お疲れ様だったな、あ、ちょっと、待ってくれるか」


 ドノバン様がなんだか困った顔で近付いて来た。あら? やだなー。


「実はな、マシェリエル様が反省している。で。サノブど……あ。いや、ノラム殿に謝罪というか、一度ちゃんと謝りたいそうだ。しかもあの姫様にしては珍しく、呼びつけるとかではなく、この後、辺境騎士団長としてカンパルラに赴任して、予定の合う時に食事でもしながら……で構わないそうだ」


 ほほう。もの凄い譲歩だな……。


「サノブ殿。姫様の謝罪、受け容れてもらえぬか?」


 ぬぬ。いつの間にか辺境伯閣下まで! この人、マジで良い人だからなぁ。息子二人がいきなり連れてきた「訳のわからない」身元不明男の言いなりで動くってそうそうできるもんじゃない。特に閣下は辺境伯だ。地位も名誉もバッチリなのだ。


「ふう……判りました。辺境伯閣下とドノバン様にそこまで言われたら、受け容れるしか無いですよね? まあ、マシェリエル様もかなり譲歩して下さったようですし。そういう方向で考えていただけるのであれば、謝罪を受け容れますし、都市を守る騎士団長からのお誘いと考えれば、食事をすることぐらい容易いことかと」


「すまん。何度も何度も、迷惑をかける」


 うん。だから、辺境伯閣下は頭を下げない。ドノバン様も。判りましたから。


「というか、そもそも、既になんとも思ってませんよ? 最初嫌悪感を強めてしまったのは、自分が知っている社会ではあの手の腕試しは行われて無かったから、面食らっただけですし。腕試し=敵との対戦だったので」


 こちらの世界では、お互いのことを判るために、武人同士であれば剣を合わせてみることは当たり前らしいからね。


「んじゃ、帰りますー」


 俺はそのまま、いつも通りダッシュで出発した。ああ、当然スピードを出すのは王都を出て人影が無くなって来てからだ。


「……父上。言わなくて良かったのでしょうか」

 

「さすがに、ここまで世話になっているにも関わらず、「姫様をよろしく頼みたい」などと更なる懇願。あまりに恥ずかしくて言えぬよ……ドノバンが言えば良かったでは無いか」


「いえ、口にしてしまったら、平民にしてさらに異国民であるサノブ殿に……選択肢の無い強制力が向いてしまいます。そちらの方を避けてしまいました」


「……サノブ殿であれば……どうにか出来るのではないか?」


「そう……だと良いです……ね」


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