303:緋の月。十本の伍。アクリセ

「緋の月。十本の伍。アクリセ」


「……」

 

 うん。まあ、彼らにとって、多分名乗りは命を賭ける、命を捨てて戦うための鍵言だ。そんな勝手に付き合う筋合いはない。


「ちっ」


 マントが翻る。次の瞬間。俺の目の前に出現した、焦げ茶色の塊。その中から。短剣を振るわれる。右。左。そして右。

 こういう時、疑問を感じて、その理由や、原理の事を考えてはいけない。


 次の手の気配を感じ続けて、まずは避ける、跳ね返す、守るなんていう、行動を優先する。身体を動かす。


 ……というか、魔術士には詠唱の隙を与えずに接近戦……理に適ってるというか、まあ、帝国は確実に、魔術士との遭遇戦や、対峙を前提にした軍事訓練を行っている。

 それこそ、今のなんて、メイドズがエルフ村で無双したのと同じ攻撃パターンだ。



「かすりもしない……か」


 あ。次の瞬間、何かやったな……。というか、周囲全体を魔力を帯びた何かが覆う。毒か、眠りか、麻痺か。さらにはもっと強力な何かか。


「な。強度8だぞ。それを……」


【結界】「正式」を身体全体に纏っている。これ、最低限のヤツは常に展開できるようになっている。今は戦闘版として、さらにその周りに「正式」の重ね掛けもしている。


 俺に害意のある、敵対する何かを排除する【結界】は設定こそ曖昧だが、これまで全ての攻撃を防いできた。


 ああ。魔力のパターンから、俺の知らない魔術ってことは、聖属性と闇属性の術か。


 調べたけど、その辺の文献ってほぼないんだよな。今回、ゲット出来た癒術士と付与術士の二人には、がんばってもらって、新しい魔術についてイロイロと教えて欲しい所。


 ああ、そうか。AIに情報が残ってる可能性はあるな。後で確認しに行こう。


「ちっ」


ビュッ!


 小さな……金属片か? いや、ナイフか。


「ブロック」で防ぐ。


ガッ! ガッガッ!


 お……一本目が刺さった後に、その下にもう一本。そして……かなり下に一本。最後の一本は、「正式」が食い止めた。

 これって……最初のナイフのすぐ下に次のナイフ。そして……その影に隠れて最後のナイフか投げられていた……ってことか? 見た目的には一本だけだったもん……凄い技術だ。


「!」


 動揺しているのが判る。


 余程自信があったんだろうな……。確かに、最後の影の一本は、影に隠れていただけあって、一本目からはかなり下の軌道を飛んできていた。


 実際、「ブロック」で防ぎ切れていなかった。「正式」が無かったら……多分、俺の足にナイフが突き刺さっていたハズだ。

 メイドズの二人もヤバかったというか、初見では防ぎきれなかっただろうな。後でこういうのあるから注意ね、と教えておかないと……。

 というか……多分、帝国にはコイツ以上の使い手がいるだろうしな。さっきなんて言ったっけ? 緋の月。十本の伍だっけか。つまり、緋の月の実力者トップテンの五番手ってことかな? 

 

 あの名乗りは……多分、後退することを断ち切った、背水の陣を自ら線引く事によって、気合を入れた……んだと思う。

 この手の隠密活動をする者が、名乗りを挙げるという事は、それを聴いた者を全て殺して、生きて帰る……という誓い、宣言なんじゃないだろうか。あれの前と後で、なんとなく強さが変わった気がする。


「いやぁあああ!」


 気合一閃。そして、そこからの連続攻撃、息つく間の無い手数。ああ、確かにこれは、対魔術士との戦闘のお手本ってヤツだな。


 そして、コイツの魔力を多く感じたカラクリも判った。


 さっきから、何か起こるタイミングで魔力がガクンと減っている。魔道具か。しかも、その内包している魔力がダダ漏れの……欠陥品を使用している感じだろう。


 ヤツの装備、使用している魔道具が欠陥品といいきれるのは、俺の持っている魔道具、特にDPで購入した物と余りにも違うからだ。

 正直、あんなに魔力を漏らしていたら、こうして俺やシロの様な魔力感知出来る側には遠方から探知されてしまう。というか、なんでそれが判っていてそんな装備を……うーん。良く判らないな。


「ちぃっ!」


 舌打ちと共に。連続攻撃の途中で、魔道具が発動した。うん、ほら、バレバレ。今度は……なんの魔道具……お。


 アクリセだったかな? 名前。の身体がブレ始めた。んんーなんだこれ。不完全だけど……分身……か? 分身だな。スゴいな……これ。忍者……なんて天職……あるのかな? 無いよな。だって、このアクリセくん、天職、盗賊だし。


名前 アクリセ

天職 盗賊

階位 25

体力 36 魔力 22


 うーん。数値的にはそれほどスゴくは無い。でも、魔道具を使いこなしているし、盗賊なのに、短剣や体術にも秀でている感じ。


 侮れないよなぁ。分身の攻撃はタイミングがまちまちで非常に避けづらい。なんていうか、拍子が合って無いというか。本人が攻撃し、分身が追撃を仕掛けてくるまでに、変な間が生じるのだ。


 ちっ。まあ、うん、「ブロック」で強引にそれを避ける。結構ギリギリの戦闘をさせられちゃってるな。そろそろこっちのペースで仕掛けないとか。


 それにしても。


 これ、シロの予想が大当たりだ。俺は【結界】があるから、余裕を持って色々観察して優位に立てるけど、俺以外なら……ゾッとする。


 正直、派遣されてくる騎士団……大丈夫なのか? このレベルの使い手に、対抗できる人材っているのかな? 

 現実問題、帝国のヤツラの実力を知らなすぎるのも問題なんだよな。


 マシェリエル様と同じかそれよりもちょい強い程度の腕前じゃ……たった一人に全滅させられる気がするなぁ。


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