302:焦げ茶マント

 まあ、うん。辺境伯閣下及び、リドリス家の人達には迷惑というか、大変な立場に追いやった負い目があるから、別に何とも思わないというか、しょうがないと思うんだけどさ。


 このローレシア王国の貴族社会であっても、それは変わらない。こちら側では良い顔をして、そちら側でも良い顔をして、しかし、水面下では血で血を洗う抗争も辞さない。


 面倒くさいこと山積み社会なのは間違い無い。少なくとも俺は極力関わりたくない。


 マシェリエル様か……あれ以降何も言ってこない所がスゲー怖いよなぁ。とはいえ、ノラムだからね。彼女に対したのは。サノブじゃない。じゃないじゃないじゃない……と心に刻み込んで……。


「先に戻りますので……よろしくお願いします」


 君子危うきに近寄らず。カンパルラに逃げ帰る。スタタタタっと文字通り、ダッシュで帰還した。


 温泉に入り、マイアの料理を堪能して、松戸から様々な報告を受ける。


「現在、ここにいる二人のエルフ、キルオアとフェリアはメイドとしては少々雑なようです。現在エルフ村ブートキャンプに参加中のイリオの方が御屋敷勤めに向いているかと」


「ああ、そういうのあるんだね」


「そうですね。二人には人間社会の常識を勉強をしてもらって、冒険者として活動させるのが適当かなと」


 こういう適性に出来る限り合わせて、人材配置していかないと、最終的に面倒になるからね。会社じゃ無いから、強権発動も出来るんだけど、それやると確実に痩せ細るだけだからな~。エルフ村のヤツら、世間になれてないからなおさら。


「オリオラは?」


「彼女はちょっと怖くなるくらい根を詰めて魔術の訓練を行い続けています。魔力回復のためには、寝て休むことも大切なため、現在は寝かせています」


「ああ。その通りだね。睡眠時間八時間はキープした方がいい気がする」


「……この屋敷、全室照明完備なので、時間の感覚が失せるのと……御主人様が手をお出しにならない以上、命令を達成できなければ廃棄されるのでは……と怯えている感じです」


 何それ。


「怯えてるのか」


「まあ、簡単には信じられないかと……御主人様は根本的に、あり得ないレベルでお優しいですから」


 ……そう言ってくれるのは嬉しいけどね。極力目立ちたくなかったから、必要な奴隷しか買わなかったし、数名いた体調が悪そうな奴隷を見捨てて、見ない振りして帰ってきたんだ。


「なので。心に溜まるストレスは膨大なものになるかと思います。出来る限り、我々の身体で発散してくだされば……」


 ああ、うん。はい。ありがとう……なんだろうな。彼女達はイロイロな意味で俺の気持ちを慮ってくれる。彼女達の方が受けてきた傷は大きく、深く、そして多いにも関わらず。


迷宮創造主マスター。お取り込み中失礼いたします。若干ですが……これまでよりも大きな魔力所持者が近付いています」


 近付いていた松戸が離れる。シロが姿を現した。


 シロは……その……まあ、この手の密事を「非常」に大切に、優先順位を高く考えている。にも関わらず、姿を現したという事は、それだけ脅威ということだ。


「……何人?」


「現在はその一名のみです。これまでの……緋の月の構成員よりも確実に強者であると思われます」


「対抗人員としては?」


「松戸、森下……そして、私が力を行使出来る範囲内で戦うのであれば負けることは無いと思われますが」


「勝てない?」


「魔力特化……ですと、武闘派の二人は不利になります」


 そこまで……か。これまで、松戸、森下はほとんどの敵を一蹴してきた。それが二人で挑んでそんな予想。


「とにかくこれまでより敵が強いってことね」


「はい」


 なら仕方ない。こちらは戦力を選り好みして対応出来る様な態勢が整っていない。

 それこそ、マシェリエル様が率いてくる辺境騎士団でも居れば……いや無駄に犠牲を増やすだけか。この国の騎士は現在、多分、魔術、魔術士に対応出来ない。

 だって仮想敵として訓練できるほど人員がいないもの。なんという物理的理由。


「判った。俺が出る。現在位置は? もう、都市内?」


「いえ……前回の隊商と同じルートで接近中です。現場検証……でしょうか? 相手は何故か、前回の戦闘がどこで行われたか判っている様です。何か痕跡が残っていたのでしょうか?」


「うーん、シロが判らなかったのなら、何か特殊な事をしてるんだと思う。相手次第だけど……被害が大きくなる可能性があるから、そこで迎え撃つよ」


「畏まりました」


 いつもの隠蔽スタイル、マスク付きで敵の元に向かう。松戸、森下が着いてきたがったが、工房を固めてもらうことにした。無いとは思いたいが、別働隊とか居たらヤバい。


 現在時間は午後三時位か……。夕方にはまだ時間がある。城砦都市はこれくらいの時間が一番、喧騒に包まれている。当たり前の日常。これは壊したく無い。


 都市を出て。まあ、城壁は、走って跳躍して乗り越えた。


 ああ。確かに。魔力反応が。ここから判るって事はかなりのもんだな……。シロがああ言うのも判る気がする。


 でも……なんだこれ。魔力の大きい……人間……なのか? なんか、幾つかの魔力が集まっている様な感じ?


「ち。もう……気付かれたということか」


 敵を発見し、近付いた時点で、俺の【隠形】は見破られていた。実力者なんだろうな。


「こんなのが居たら……そりゃ……キシャナ隊も壊滅するわけか……」


 目の前に立っているのはコートの男。焦げ茶色の……あ。コートと言うよりもマントか。マントの男。頭にちょっと違うがとんがり帽子を被っている。あれだ、ス〇フキンだな。旅人って感じだ。


「見逃しては……くれないよな……仕方ない」


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