297:領騎士団の内実

「ちなみにですが……水の魔術が使える奴隷……というのは存在するのでしょうか?」


「……魔術を使える奴隷は非常に高値が付くし、ほぼ、王都の奴隷市場で取引される。というか、水の魔術を使える者は……記憶にある限り聞いたことがないな」


「不人気ですもんね……水の魔術」


「戦闘で使えないからな……」


 ああ、そういう認識なんだなぁ……。


「魔術士……って必要です?」


「当然だ。そもそも、人には魔術を使える者は非常に少ない。エルフは長寿だから、身に付けているのが普通かもしれないが」


「王国魔術士団とか無いんですか?」


「宮廷魔術士はいるが……そこまで強力な術は使えないはずだ。大規模な魔術は数名が力を合わせねば発現できないからな」


「帝国の様に嵐を起こすとかああいうのは……」


「正直、ローレシア王国の宮廷魔術士達全員で挑んでも無理だろうな。それだけ帝国の魔術士がスゴイ、差があるということだ」


「戦闘等で魔術は使われているんですよね?」


「我が国では多くは無い……な。帝国では冒険者パーティに魔術士が一人はいるのが当たり前らしいが」


 そっか……まあ、帝国の、緋の月の下っ端ですら魔術に驚いてなかったからな……。


「なら……魔術士を見つけてきたら雇います?」


「そんなうまい話が……あるのか?」


「うーん。わかんないですけど。とりあえず、水の魔術士はこっちでもらいますよ?」


「ああ。領主になれば、辺境伯、及び、辺境領主は独自の騎士団を所持する事ができる。まあ、爵位……いや、懐具合でその規模は変わってくるが」


 つまりは、男爵だろうが子爵だろうが、お金さえあれば独自の戦力、騎士団を運営して良いということか。


「騎士団って騎士が何人いれば出来るんです?」


「国によって違うが……我が国では騎士には士爵位を与えるのが慣例だ。なので騎士は自分の雇った従士を従えて戦う隊長という事になる。従士は7~9名。そこに自分を加えて、隊を構成する」


「その隊がいくつで団に?」


「隊が幾つか……最大で10できたら、その中の一隊が他の9隊を率いる。その9隊を率いている騎士が、副長となる。最大の10隊を率いている副長は、百人長とも呼ばれるな」


 ああ、隊が10人で構成されていると、10隊で百人か。


「その副長が最大で4名。つまり、400名。ここに騎士団長直属の親衛騎士が約50名。補給や雑務をこなす者が約50名。総勢500名と言った所か」


「それは理想値ってことですか?」


「ああ。大抵は……そうだな、その数を維持しているのは王国騎士団くらいだな。大抵の領騎士団は、200~300名程度か」


 まあ、そうだろうね。よほどの軍事予算を確保出来ていないと、その人数を維持するのは難しいよね。


 向こうの世界だと兵士数は人口の3%が普通だと教わった気がする。こちらの世界は脅威は同族だけでなく、魔物の存在も大きい。つまり、3%程度では生存不可能な可能性が高い。

 それこそ、何となくだけど、都市の中で生活している文官の地位よりも、行商を行っている商人、そして、魔物と戦っている冒険者の地位が高い。つまり、騎士はそれ以上なんだろう。


「じゃあ、その騎士団に、魔術士を組み込むことが出来ると」


「ああ。特に騎士団長直属の親衛騎士の選考は団長の独断で決定される。まあ、小さい領の騎士団長など、領主が兼ねるのが通例だからな。私の自由だ。正式な領主任命前から気が早い気もするが……」


「そもそも、我が国に魔術士の部隊は存在するのですか?」


「宮廷魔術士団……だろうな。その数は十名……ちょいだった気がする。私が知る限り、実戦で活躍したという記録は無いが」


「判りました。とりあえず……ここの奴隷商に行って来ます」


「ああ。任せる」


 カンパルラの「外」地区の比較的便利の良い場所に奴隷商の店、商館はあった。大きくて立派な建物だ。つまりは儲かっているって事だろう。


「いらっしゃいませ。紹介状はお持ちでしょうか?」


 奴隷商で取引をする際は、紹介状が必要となる。この都市の有力者から信用されていない者は、奴隷を所有し、維持していく甲斐性が無いと判断されるのだろう。

 当然の様に、ディーベルス様からの紹介状を渡す。この都市の代官、さらに近い将来領主となる貴族からの紹介だ。文句ない……ハズ。


「どのような奴隷をお捜しですか?」


 カンパルラで一番規模が大きい&唯一の奴隷商であるこの男。巨漢だ。身長は俺と同じくらいだが、横幅は三倍くらいあるだろうか。


 彼の名はメルエグ。このメルエグ奴隷商の店主である。


「うーん。とりあえず、今この館には何人の奴隷がいる?」


「はい。57名です」


 おお。ちゃんと人数を把握してるっていうのは優秀だよね。ちなみに、この国の奴隷は、借金奴隷と、戦争奴隷のみだ。

 犯罪奴隷は国が管理しており、鉱山などの苛烈な職場で働かされる。


 借金奴隷は文字通り、借金のせいで奴隷になった、ならざるをえなかった者達。

 戦争奴隷は戦争時に捕虜になったが、身代金による身元引き受けがなされなかった者達となる。


 ローレシア王国は、ここ数十年他国と戦争になったことがない。なので、戦争奴隷は存在しない。


 なので、ここに並んでいるのは全員、借金奴隷だ。


 奴隷は、魔道具である「隷属の首輪」を付けられている。これをしている限り、主人の命令には絶対服従となるため、手枷足枷などは付けられていない。


 服装も普通の都市生活者と同じ様な質、デザインの物。首輪以外は何ら変わりない。

 こうして、客前に出される時間以外は、この屋敷裏の畑を耕していたり、掃除等の雑用をしたりしているらしい。イメージにある、檻の中の……というのとは違っていた。まあ、そうか。


 横一列に10名ずつ並べられる。とりあえず、顔や身体をあまり見ずに、目を合わせず、鑑定していく。変に感情を刺激されて、同情してもお互いに良いことは無い。


 結果。天職が魔術士の者は4名。全員買い取ることにした。


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