290:元剣術師範の苦悩
あれから……マシェリエル様から反応が無い。これはこれで、もの凄く怖い。
「父上……。大丈夫でしょうか?」
「ああ……子どもたちの経過は非常に良好……という報告は受けている。もう少し体力が回復して、体が動くようになれば、普通に領地へ戻ることも出来よう……とのことだったな」
「その……マシェリエル様……は?」
「それだな……。正直、あまりにも何も無い。というか、必要な場所に出席し、必要な事は仰っている。何か怪我をしたか、体調的におかしいことは無いかと探ってみたが、そうでもない様だ。病の件は既に問題は無いとして、この後に控える件が……な」
「ええ。対帝国への布陣……どのように進めて行けばいいか……難しいかと」
「我が国には……緋の月の様な裏で動ける者達の数が少ないからな……」
「そうですね。大貴族……と呼ばれる様な家でも、常時「裏」の者を養っていくのは難しいですしね……」
「ああ、うちも皆に苦労をかけている……」
そう。リドリス家は直近まで、借財や様々なトラブルで破産寸前だったのだ。ここまで運が悪いとは……と父上と二人で途方に暮れていたのだ。
最終的に領土を国に召し上げてもらって、我々は首を差し出すことでなんとか……というところまで追い詰められていた。
当然、我が家に仕える者達、さらに、「裏」の者達は財政的にも真っ先に縮小される……。それこそ、全体の予算は既に縮小している。
ここ半年ほどは既に、満足な給金が発生していなかった状況だ。
幸い、辺境伯家として歴史のある我が家には、売ればそれなりに高額で引き取られる武器装備が倉庫に山積みされている。
使用人への報酬は最終的にそれを売って……と、考えていた。
それが。全ての面で一気に改善した。
まず。帝国の暗部の仕掛けの件だ。
王家ですら気付いていなかったこの件は、病気となった子息子女の具合や、天災や
それは非常に巧妙で、分析すればするほど、それを仕掛けて来た相手に畏怖を感じずには入られなかった。
まあ、私と父上はサノブ殿から「多分、適当に仕掛けていっただけだ」「不幸な出来事は放っておいても連鎖していく」という話を聞いていたし、そのやり口を説明することが出来た。そのおかげで、父上は「その知謀、未だ恐るべし」と国王陛下からお褒めいただくことになってしまった。
その件だけでいただいた恩賞は非常に膨大だったが、さらに、大きいのが特製ポーションだ。
献上したボーションはこれまで我々が見知っていた物とは根本的な出来が違っていた。
その飲みやすさは元より、治癒効果が格段に違う。適応する症状毎に用意されたポーションは、現場の者達に「これは伝説の妙薬なのではないか?」と噂されるほど、隔絶した効能をもたらした。
リドリス家はその特製ポーションを独占すること無く、国全体の利益となる様に、王を初めとした国首脳部と会談を重ねた。
最終的に。
①量産化し騎士団、現場への供給
②国機関での低価格での販売
③国民以外の販売、転売の禁止
という異例の条件でポーションは大きく売られるようになった。帝国の策略など、他国との関係に危険をはらんでいるため、国機関での低価格での販売はしばらく見送られる。
が、怪我や病気などの際には国の担当官が派遣され「速やかに対象ポーションが使われる」ことになる。
サノブ殿から特に言われていた重要案件だ。一般的に苦しんでいる、特に平民に薬が届くシステムを作って欲しいとの事だった。
いくらリドリス家が民のために生きているとはいえ……これはあまりにも無茶だ。非常に高価で価値の高いポーションを平民に使う。そもそも、そんな発想が無い。
この新規事業は非常に価値が高いため、不正の温床になる可能性がある。
それこそ、各領地で領主が闇に堕ちて、ポーションを不正に着服し、高額で他国に売りに出す……なんて事も可能だし、資金力のある商人に雇われた病人がこぞってポーションを求めて集めてそれを売る……なんていう転売の常道も画策されることは間違い無い。
ということで、ポーションを売り出すのは少し後になって良いので、怪我人や病人を低価格で癒やすという部分は優先して通させてもらった。
さすがにこれだけの規模の事業になると、国としても様々な思惑が絡み合ってくる。
その対策から生まれたのが、今回肝になっている「特製ポーション」の作成方法の伝授だ。普通に考えれば、そんな要求は作成者サイドとして受け容れられるわけがない。
だが、今回のこのポーションの権利は全て、リドリス家の物となっており、さらに、リドリス家はこのポーションの販売等の権利を国に一任するとしている。
そうなると、将来的な保証を含めて、作成方法を共有する……くらいの重要な要素を握っておきたい……という国の官僚方の意見を、王御自身が採用されたという。
褒美は、特製ポーションが売れた際の利益、とんでもない金額の報奨金、リドリス領でのポーション販売に関しての自由采配。
さらに……現在、国側が裏で動いているそうなのだが、弟であるディーベルスは子爵として叙爵され、ディーベルス・クアロ・カンパルラとなり、城塞都市カンパルラの領主として独立を許されるらしい。寄親は当然リドリス家なので、我々との関係性は大して変わらないが。
その上、ディーベルスの運営するフランカ商会は、王国御用達として認可され、税制的に非常に有利な契約で、領を超えた商品の取り扱いが可能になるとの事だ。そんな優遇はこれまで聞いたことがない。
が、国として、特製ポーションの作成法の価値はそれほど……ということなのだろう。
「正直……リドリス家……いえ、リドリス領主である父上と私に取っては、神の恩寵、良い事ばかりです。ですが。ディーベルスを非常に難しい立ち位置に立たせてしまいましたし……なおさらサノブ殿に関わる小事……マシェリエル様の機嫌くらいは我々が……と」
「ああ。そうだな……御本人に直接お聞きするしかないか。姫様は賢い御方だ。こないだの勝負如きを引き摺って何か悪い方に物事を進める事は無いと思うが」
「ええ……」
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