281:戦女神

「さて、もう一つの重要案件だ。貴族子息子女の病……な。残念ながら、数名、手遅れで亡くなってしまった者も出てしまった様だ。そもそも、子息子女の病気情報など詳しく集めていなかったからな」


「ああ、それもありましたね……」


 すっかり忘れていたが、緊急要素はこちらの方が上だ。こちらはギリギリの生き死にが掛かっている。というか、既に間に合ってない。


「ただ……サノブ殿がなんとなく言っていた様に……この件は非常に難しいのだ。リドリス家と懇意にしている、又は中立関係の相手であれば、問題は無い。だが。これまで敵対していた派閥の家の場合は……リドリス家の仕掛け、罠と思われてしまう。帝国の仕業と言っても即信じるワケがない。若干でも後ろ暗い部分のある者は、こちらの善意を無視する。当然、時間はかけていられない。そのため、貴族お得意の様々な根回しが出来ない」


 まあ、そうだろうね。なので、俺は面倒なので丸投げしたのだ。これを上手いこと捌ける王家でなければ、今後、帝国に対抗できるワケが無いし。


「なので?」


「ああ。姫将軍であるマシェリエル様が筆頭で動くこととなった。彼女は元々戦女神と呼ばれていた事もあり、特に騎士団関係者に無条件で融通が効く。ウダウダと言い訳する貴族を武力で殴りつける力押し、だな」


 おお。いいね。人材いたのね。というか、いるか。


 この国、俺が知っている中世ファンタジーよりも「腐って」ない。リドリス家が孤高を貫いている気高き者……なのかと思ったら、王家も結構そうだし、他にもそういう民のために存在している貴族が多数存在する。

 賄賂による不正や腐敗も当然まかり通っているが、どちらかと言えば、貧民層というか教養の無い人達の間で発生している場合が多い。


 唯一神である女神を崇める教会は存在するが、ご存じの通り、神力の低下と共に信仰心も薄れ、権力など皆無に等しい。これくらいの文明レベルで、宗教に権力が纏わり付いていない国っていうのは、なかなか珍しいんじゃないだろうか?


 それこそ、天才宰相の帝国では、皇帝が神だそうだ。そうなるよね。普通。


「今、そのマシェリエル様の大号令で、王都に病人を集めている。とりあえず、言われたとおり、まずは毒消し薬を飲ませて、その後、体力回復薬、精力回復薬を飲ませて、体力を回復させてからの移動ということで、時間はかかっている様だが……」


「では、初期は毒消し薬で対応出来たということですかね?」


「ああ。逆に対応出来なかったという情報は届いていない。間に合わなかったというのは……仕方がないしな……」


 自分の娘が、仕方ないで済ませられていたかもしれないと知っているこの人は、凄まじく悔しいことだろう。


 ああ。そうですね。


 俺が帝国宰相や緋の月に対してちょっと遠慮ができないのは……幾ら戦争とはいえ、真っ先に子供を潰しに来たことが引っかかっていたからか。


 判ってる、それが有効で、非常に効果的でという合理的な考え方なのは判ってる。そして、自国以外の利益は無視するのが戦争だ。


 でも。それをやっちゃあ……お終いよ。


 多分、俺が宰相と同じ状況、同じ条件だとしても。嵐で収穫を減らすとか、狂乱敗走スタンピードを仕掛ける……はやっても、子供には手を出さない。


 突然殺したりしないのだって、別に禁忌を感じての事じゃない。ギリギリで苦しむ姿が長ければ長いほど、対象となった貴族は「なんとかしよう」と足掻く。そして、金を使う。自分の子供のために、公金に手を付けた者もいるだろう。


 思うつぼなんだろうけどね。


 気に食わない。コイツはもの凄く気に食わない。


 そうか。だから、カンパルラ=うちに侵入してきたゴキブリ共を駆逐する事になんの異和感も感じなかったのか。


「悔しいですが。致し方ないかと。後手に回った時点で、撃たれっぱなしになるのが戦争です」


「ああ。そうだな……」


 口ではこう言っているけどね。俺も。


「ということで、現在、完治していない子どもたちが王都に集まってきている。治療を頼みたい。その為に、兄上は王都に滞在している。至急行ってもらえるか」


 ああそうですね。いきなりリドリス辺境伯閣下とご対面とかしたら、無礼を重ねて首を刎ねられたりしちゃいそうだもんね。心配だよね。


「判りました。至急向かいます。ただ、グロウス様からも声がかかっておりまして」


「ああ……多分、他にも何かないか……という催促だな。ランタンの魔道具は高額にも関わらず、面白いように売れているし、香辛料も王都の貴族、高級レストランで引っ張りだこだった様だしな……だが。いい。私が話をしておこう。こちらは子供の命がかかっている。サノブ殿は国の一大事に関わることになった……とでも言っておくよ」


「王都では仮面……この様なマスクを装備して、さらに偽名を使って行動しますが……よろしいですよね?」


 魔法鞄から特製のマスクを取り出す。DPで交換した黒のマスクを自分なりに改造したモノだ。まあ、火傷などをした際に、この手のマスクをする人はいるそうなので、それで言い訳可能らしい。


「ああ。それは兄上とも話して、父上にも許可をいただいた。ここまで大事になると、施術者は命賭けだからね。一部文句を付けてくるヤツもいるだろうが……その辺はマシェリエル様がはね除けてくれるハズだ」


 そして。ディーベルス様の表情が真剣に変わる。


「サノブ殿。本当に……今回のポーションの件、そして帝国の策略の件……全てリドリス家として具申して手柄にして良いのか?」


「ええ。最初からそう言いましたよね?」


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