274:敬語
(うーん。ここに、ハイエルフが足を踏み入れるのは何年ぶりです?)
(私が死んで以来となるから……。二千年程度か)
(エルフにしてみれば何代?)
(そうだな……。個体差は大きいが、平均寿命が五百歳とすると、四世代、多くても五世代といった所か)
ふーん。なら、そこまで無茶ではないか。
(確かに、それくらいの代替わりで、口述が失伝するなどあり得ないですかね。怠惰でなければ)
(だろう? 元々の性格が内向的なのは仕方が無い。だが、対外的に絶対必要な部分まで排他的に嫌悪し、生きていく為の基礎を投げ出すなど言語道断。工夫の無い生など、最早、生きたくても生きれなかった者たちへの冒涜よ。その様な者は滅びるが定め)
(ふう……ならば、何故、生きているうちにそう言ってやらなかった?)
ギクッ……と、音が聞こえた気がした。
(さっき……一番最初に伝わって来たぞ? 気付かなかったとでも思っているのか? 未熟という部分で大喜びしやがって。俺が言うべき事ではないのは判っているが、ハイエルフというのはエルフを導く者……なんだよな? それを怠ったのは自分もそうではないのか? 敬語を使うに値しないのはお前も一緒だな)
(……)
図星。
(死ぬまでいまいちそういうのが不得意で放置していて、意識体になって、イロイロと見える様になって。手出しができなくなってから、イライラし始めて、最終的に今って感じか。そりゃ、アイツらも可哀想じゃないか?)
(……すまん)
うん。お前ら全員悪い。とはいえ。
シュッバッ!
これで一度接触してきてから、五発? いや、六発目か。さすがにバカいるな。コイツは見せしめに殺そう。
(え?)
ドシュッ! ズン……。
この距離になれば、木の上に居ようが、建物の影に居ようが関係ない。「石棘」は対象を逃さない。さすがにな。ここまで酷いと庇う気にもならん。
最終的に攻撃してきていたのは、一人。多分、急先鋒というか、バカ筆頭というか、ゴリゴリに凝り固まったクソガキ思考の老害だろう(断定)。
歩いて行く先に、下半身から上半身を貫く感じで、「石棘」が貫いているエルフ……の女が、木から落ちて倒れている。
茶色の髪。ポンチョみたいな上着。タイトなパンツ。そして先に落ちているゴツイ弓。この緑と茶のカモフラ衣装がエルフの民族衣装的なヤツなのだろうか。視認しようとすると結構判りにくい。周りに居るヤツラも同じ様なのを着ているから、そんな感じだろう。
落ちて死にかけの女。【結界】「正式」で首から上を……囲う。
「微塵」
わざと声に出して、「風刃」「乱風」を幾つか発動させる。
ギアッ!
人間……いや、エルフか。言葉を喋る生物からは想像も付かないような声を発して、落ちた女の首から上が……細切れに赤い液体と化した。
見せしめだ。四肢がビクビクと痙攣している。何か漏れ出している様だ。
「正式」を解除していないので、首から上にくっ付いた立方体に赤いドロドロとした液体が揺れているまま、放置だ。
(あの……さすがに……その……)
(どうせ全員死ぬのだろう? ならば、今俺に殺された方が、安らかに眠れるじゃないか)
(……)
「どうする? 既に俺はお前ら全員を捉えている。既に【結界】は消えた。運命は決まったのだ。ならば全員、俺の手で死ぬか? この愚かな女の様に」
(……それは勘弁してもらえない……か)
(なぜ? 【結界】はもう消えた。俺が協力しなければ、張り直しなどできないよな? そして、少なくとも「殺す気」で矢を何度も射かけられた相手に「協力」等するわけがないのだが?)
(それは……)
(甘いよ。正直、お前も、そのガラクタな部下もいらないよ。面倒くさい)
(! ……)
「早く答えろ。決断力、判断力も相当低下している、低レベルな村、そして、低レベルな者たちと認識して、ここを焼き払ってよろしいのだな?」
「火球」
極めて普通な大きさの火球を全方位に射出する。
「お、お待ちを!」
「遅えよ。何かされてからじゃ無いと対応できないのかよ」
あーそういう国よく知ってるー。法律的にとかイロイロで、殴られてもしばらくは抵抗も出来ないんだよね。最初の一撃で何百万人も死んだら、その責任は誰が取るんだろうな。
なんか、もうどうでも良くなってきたな。全部消すか。全部。何もかもを無くすか。
(ま、まってくれ。そ、それは望む、所では……ない……)
(ふざけるなよ? 俺を利用しようとしただけのクセに。低俗な魔道具、思念体如きがうぬぼれるな)
(くっ……す、済まなかった……謝る。最初から謝る。私が悪い。なので機嫌を直してくれ……)
(こんなに早く全ての言葉を撤回するのであれば、小賢しい上辺だけの奸智など使わぬことだ。まあ、所詮AIか)
(もうし……わけありません)
「水」を。
大量に生成する。そして、「水流操作」で辺りにばらまく。さらに「乱風」でミスト状に砕き、一気に噴霧していく。まあ、「火球」の火力もそれなりにしておいたのだ。とりあえず、まだ、家屋は「燃えていない」レベルだ。焦げたけど。
「最後の機会だ。正式に挨拶をせよ。伝えられていないのであれば、自分たちなりの礼儀を示せ」
ズシャ、ババババ……と、もの凄く慌てた格好で……霧雨の中、数十人のエルフが俺の目の前で……全員土下座した。
ああ。霧雨とはいえ、瞬間集中的に密度が高いから、既に地面はドロドロなのに。
「申し訳ありません、我らは既に口伝途絶え、導き手に相応しき歓迎方法を失っております! 礼儀作法全てにおいて満足いくお出迎え出来ぬ事、お許しください。私はこの東端のエルフ村、副長のベルフェでございます。代表して話をさせていただきます」
「判った。まあ、正直、俺自身は正式な礼儀作法など知りもしないのだ。なので、普通に礼儀に欠かなければ、何も不満に思わない。私は流浪の錬金術師、サノブ。君たちの導き手であるハイエルフだ」
ははーっ……とまたも、全員、おでこを地に付ける。うん、まあ、俺、土下座は結構見慣れた気がしてきた。
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