272:チラ見

「西の森……にさ。前に行ったことがあるんだけど」


「はい。この都市の西ってことは……この工房が西の端ですから、すぐそこの森ってことですね?」


「ああ。それこそ、風呂から見える森。そこを多分、10時間くらい行くと……多分、森の中に集落がある……ところまでは判ってる」


「……判ってる? 行ってはいないと?」


「ああ。御代官様に聞いたんだが、そんなところに村は無い、開拓村は存在しないって話だった」


「怪しいですね……それ」


「最初は「緋の月」なのかな……と思ったんだけど、正直、反応的にかなり違うんだよね。魔術士の集団、集落って感じだったかな」


「魔力の感知で大体……どれくらい違うんです?」


「この都市の住人の約十倍ちょいは合ったかな」


 感知したときは、もの凄く軽い気持ちというか、まあ、そういうこともあるよなレベルでしか考えて無かったからな。


「街の人に一般論として聞いてみたが、森の中で近隣都市からの支援無く生活を続けるのはあり得ないらしい。自給自足するのは無理だって。海が遠いこの地方では塩が取れない。流通してるのは、主に岩塩なんだけど、森では全く産出しないそうだ。それに、主食となるパンの素、麦の栽培も森の奥だと開墾していくのが難しい。というか、わざわざ森の奥を切り拓く意味がない」


「森の奥で暮らさなければいけない理由が……」


 まあ、多分、なんとなくだけど予想は付いてるんだけどね。


「で。俺の予想だけど。森の奥に住んでいる、暮らしている魔力の高いヤツは多分エルフだ。で。それならそれで話が出来るかもしれない」


「え? エルフ? そんなすぐ近くにいるんですか?」


「外見は俺と同じで一般的な人種と変わらないぞ? 期待するなよ?」


「え、あ。ご、御主人様はエルフなのですね?」


「お前……こないだ、先祖帰り云々言ってたじゃん。あれ、そのまんまだよ」


「おおー私の妄想が! ……いえ、全然有り得るお話で問題ありません」


「そのエルフを味方につけられないか……って考えてる。人族にここまで知られずに森で生きる一族ってさ、なんか秘密があるよね。絶対」


「……ありますね。エルフと言えば森で無敵です。弓でしゅばばばばーんです。指輪の物語の映画だと、鏃で近接攻撃もバッチリでした」


「そこまでハードル上げちゃ可哀想かも。こっちの世界のエルフはあそこまでの上位種族じゃないみたいよ?」


「それは残念。いや、でも、人族では生きていけない森で生き続けてるのですから~」


「ああ。どこかは期待したいよな」


 まあ、でもちょっと心配……なところもあるんだけどね。


「御主人様、全対応、周辺警戒終了致しました。現状は代わりございません」


「ありがとう。お風呂入ってる時にすまんね」


「いえ。問題ありません。当然、こちらが優先です」


 松戸がお風呂の痕跡を一切消して登場した。


「森下。御主人様にお茶の用意は?」


「あっ!」


 と言った時には既に、お茶の用意が完成している。


「現状、以前話した緋の月の下っ端が都市に入り込んだのは間違い無いかな」


 松戸が頷く。


「なので、しばらくは警戒体勢を維持。松戸はこの工房の警護警戒を優先で。俺もなるべくここにいるようにするけど……明日はちょっと出る」


「はい」


「御主人様、自分は?」


 森下は……うーん。エルフとの交渉、彼女がいた方が話が早いかもしれないな……。


「森下は俺と一緒に森の奥へエルフに会いに行こうか」


「わくわくがとまらんですばい」


 お前……どこの出身なんだよ……。


「エルフ……ですか」


「あ。貴子さん、御主人様はエルフなんですって」


「え? そうなんですか?」


「スゴイですよね-」


「スゴイ……のですか?」


 いや、俺に聞かれても……な。


「寿命は長いのかもね。良く判らないけど」


コンコン……


 ドアをノックする音。

 

「どうぞ」


「あの、御食事の準備が調いまして……」


 マイアが顔を出した。


「ああ、済まないね。松戸も森下もここに呼んでしまったからね。直接来てくれたのか」


「はい!」


「んじゃいただこうか。食堂へ行くよ」


「はい!」


 ピューって感じでマイアが走って行った。松戸、森下も後に続く。


 食堂にはパンと、定番になってるフジャ肉の煮込み。そして野菜炒め。さらにサラダが大皿に載っている。


 取り分けてくれている一人分を食べた後は、大皿から好きなだけ取り分けて食べる。これがこの国の家庭料理、食事らしい。


 味付けは既に、俺が持ち込んだ香辛料や調味料がふんだんに使われている。醤油も味噌もハルバスさんに提供してるからね。


 正直、新規調味料である醤油や味噌を使った料理は、ハルバスさんよりもマイアの方が使いこなしている気がする。

 ベテラン料理人である、ハルバスさんはさすがに、自分のスタイルが確立している。そこに今さら新しい要素をバンバン放り込むのはなかなか難しいのかも知れない。


「えーと。それじゃ。マイアを含めた新生活のスタートに、乾杯しようか。とはいえ。マイアは酒無しね」


「えぇぇええ、私は成人しておりますよ、御主人様」


「俺達の生まれた地方では、お酒は20歳過ぎてからだったし、それくらいでないと、身体に良くないんだが……」


「御主人様、基本こちらのルール、風習に合わせた方がよろしいのではないでしょうか?」


「うーん……じゃあ、少しだけ、量は調節してあげて」


「はい」


シュポン……


 向こうから持って来ていた日本酒を開ける。全員に注いで。


「乾杯」


 はい。乾杯。


カツン、カツン。


 小さい、ガラス製のおちょこをみんなで手を伸ばして軽く当てる。


「美味しい……」


 お。マイアはいける口ですか……まあ、そうだよね。酒場の看板娘だもんな。


「こ、このお酒、スゴイです。なんでこんなに複雑な味が……その澄み切った……あの……ああ。じ、自分の吐息が! 自分の吐息が甘く、鼻に! スゴイ!」


 こちらの世界のお酒……ほぼエールのみだからね。アレは大味というか、大胆な飲み方が似合う種類のお酒だから。

 それに比べると、確実に日本酒は繊細だよね。こうして料理と共に、落ち着いて飲むのに向いてるというか。


 料理は正直、既に、とんでもなく旨い。ぶっちゃけ、この都市でマイアに勝てるのは父親であるハルバスさんくらいなものだろう。

 さらに醤油、味噌というチート調味料の使いこなしは、ハルバスさんよりも経験し始めている。


 うち(日本人)の好みの料理ということなら、マイアが断トツになる日はアッという間な気がする。


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